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「どうして、一体どうして……こんなことに……」
 綺麗なドレスを着込んだ自分の姿を鏡で見詰めながら、沙慈はがくりと床にへたりこんでいた。
 自分には、何故かさっきまでの記憶がないのだけど、どうもこのウェディングドレスは、自ら進んで着てしまったらしい。しかも、刹那に自分がプロポーズして、即座に結婚式を挙げることにまでなっていた。
 ここは、所謂控え室のような場所だ。
 式はソレスタルビーイングのここにいるメンバーだけで慎ましく挙げるらしい。って、慎ましくだろうがなんだろうが、他の誰かにこの姿を見られるのはご免だ!
 どうしよう、このまま逃げ出してしまおうか。いや、でも、沙慈の服はとっくにティエリアが持っていってしまってここにはない。このドレスを着たままで逃げ出すなんて、刹那にお姫様抱っこで街中を連れまわされたのと同じくらい恥ずかしい。
 それに、何かあったらハロが騒ぎ出す仕組みになっている。以前一度だけ逃げ出そうとしたら物凄い警報が鳴って、侵入者ばりに皆に取り押さえられたっけ。
 どうでもいいことを遠い目で考えるのは、現実から逃避している証拠だ。それは解かっているけれど、どうしようもない。

 項垂れたままの沙慈は、そっと扉が開いたことにも気付かなかった。
 扉の隙間から覗いたのは、フェルトとミレイナだ。二人は心配そうに顔を見合わせ、小声で囁いた。
「クロスロードさん、落ち込んでます」
「うん、そうね」
 皆、沙慈が結婚に(と言うか、ウェディングドレスを着るのに)躊躇していたことを知っているから、突然の心変わりが心配らしい。
 でも、そんな二人に、明らかに空気を読んでいない穏やかな声が掛かった。
「彼と刹那が結婚したら、ぼくたちにもう一人家族が増える訳だね」
 振り向くと、そこにはアレルヤ・ハプティズムの姿がある。
「アレルヤ。家族って……」
 目を見開くフェルトに、アレルヤは同意を求めるように笑顔を浮かべた。
「そうだろ、フェルト。ここにいる皆は、ぼくたちの家族だ」
「……アレルヤ」
 ここにいるメンバーは、フェルトにとって特別だ。家族が増えることは、きっととても嬉しいことに違いない。アレルヤの言葉で、フェルトの中に何か変化が生まれたようで、彼女は照れたようにふっと口元を綻ばせた。
「そう、ね。私……、彼を説得して来ます」
 そう言って、部屋の中に入っていくフェルトと入れ違いにスメラギがやって来て、声を荒げた。
「アレルヤ!余計なこと言わないの!フェルトを焚き付けてどうするのよ、もう!」
「す、すみません!スメラギさん、ぼくは、そんなつもりじゃ……」

 そんなやり取りを尻目に、部屋に入ったフェルトは、慌てて部屋の隅っこに逃げる沙慈にそっと近付くと、優しく声を掛けた。
「元気、出して下さい。刹那はきっと、幸せにしてくれると思います」
「え、いや……、そう言う問題じゃなくて……」
「刹那は不器用ですけど、ああ見えて、とっても優しいと思います」
「そ、それは……、そうだけど」
 それは、沙慈だって認めている。でも、そう言う問題じゃないのだ。
 けれど、フェルトは沙慈の衣装を直してくれたり、お腹が空いていないかとか、喉が渇いていないかとか、やけに甲斐甲斐しく世話をしてくれた。流石に申し訳なくなって来て、沙慈は遠慮がちに声を上げた。
「え、ええと……」
「はい?」
「随分、よくしてくれるんだね」
 そう言うと、彼女はこく、と首を縦に振って微笑んだ。
「ええ、ソレスタルビーイングの人たちは、私の家族ですから。勿論、あなたも」
「え、あの……、ぼくはまだ……、そうなるとは……」
「私の、家族ですから」
「いえ……、だから、その……」
「家族ですから」
「は……はい」
(目が、笑ってない……)

 すっかりフェルトの好意(?)に気圧されて、沙慈は一層深く項垂れてしまった。
 しかも、こんな姿を見られたショックも大きい。
 でも、確かに彼女の言う通りだ。刹那にいいところがあるなんて、自分だって良く知っている。
 そうだ、嫌なのは、このドレスだけだ。それさえなかったら――。
(それさえなかったら、何だよ)
 刹那と、結婚してもいいと、思っているのだろうか。沙慈はそう自問しながら、思わず脳裏に刹那の顔を思い浮かべた。

「フェルトったら、追い込んでどうするのよ」
 様子を伺っていたスメラギが苛立たしげに言うと、アレルヤが突っ込みを入れた。
「でも、スメラギさんだって、ノリノリでウェディングドレスを選んでいたじゃないですか」
「あの子が着るなんて思ってなかったの!」
「そ、そうですか、すみません」
「あ!それより、セイエイさんが来たです!」
 沙慈の様子を見に来た刹那が通路の向こうから歩いて来るのを見て、皆一斉に扉の前から退いた。丁度フェルトも中から出て来て、皆と一緒に刹那に道を開けた。

「沙慈」
「あ……、せ、刹那……」
 たった今脳裏に浮かべていた人物が現実となって目の前に現れて、沙慈の鼓動はどくんと跳ね上がった。
 もうこうなったら、腹を括ろう。妥協出来ないことは出来ないと伝えれば、彼はきっと解かってくれる!
「決心はついたのか」
 刹那にそう尋ねられて、沙慈は小さく肩を竦めた。
「漠然とね。と、言うか、諦めたとか言うか」
 はぁ、と溜息混じりに言うと、刹那は側に寄って沙慈の手をぎゅっと握り締めた。
「沙慈・クロスロード。幸せになろう」
「そ、そうだね、刹那」
 力強い言葉に思わず頷いたけれど、言わなくてはいけないことがある。
「刹那、その」
「何だ」
「で、出来れば、式はきみと二人だけで挙げたいんだけど。きみと結婚してもいいけど、それだけは譲れないよ」
 こんな姿、他の誰かに見られたくない。そう思っての、沙慈の最後のプライドだった。
 刹那は何か言いたそうな顔をしたけれど、すぐにこくんと頷いてくれた。
「ああ、構わない」
「せ、刹那!本当に?」
「ああ、お前の気持ちはよく解かった」
「刹那……」
 ドレスが嫌だって、ちゃんと解かってくれた。
 そう思って、沙慈は心底ホッとしたけれど、刹那の頭の中には違う思いが溢れていた。
(沙慈……、俺と、二人きりで挙げたいのか)
 クルーたちすらいない、二人だけの式がいいと!
 そこまで言われたら、男としては彼の我侭を聞くしかない。

 少しの誤解を孕みつつも、そんなやり取りの後、いよいよ式の時間になり、二人は手を取り合った。
「じゃあ、行くぞ」
「う、うん、刹那」
 普通の結婚式とは少し違うけれど、二人で教会に見立てた部屋に入って、そこで式を挙げた。神父に仕立て上げられたイアンは最後まで文句を言っていたけれど、この際彼にも諦めて貰うしかない。

 そんなこんなで、つつがなく式は終わり、刹那と沙慈はようやく結ばれた。
 これで、もうこの恥ずかしいドレスも脱げる。
 そう思って、心底安心した沙慈だったけれど。
「行くぞ、沙慈」
「……?!」
 そんな言葉と共に、ひょい、と抱き上げられ、沙慈は一瞬目の前が真っ白になった。
「え?ど、どこへ」
「決まっている、アジトの皆に、いや、この世界中にお披露目だ!」
「えええ?!!」
 喚く沙慈にお構いなく、刹那は沙慈を軽々とお姫様抱っこしたまま、部屋を飛び出した。
「わ!そ、それだけは、ちょっと待って刹那!刹那!」
 このままでは、ウェディングドレスに加えてお姫さま抱っこと言う、考えうる限りで最強の屈辱を味わうことになってしまう。
 でも、じたばたしてみても刹那の腕はびくともしない。

「や、止めてくれ、刹那ーーっ」

 結局、そのまま連れ回され、沙慈の悲痛な悲鳴はただ虚しく木霊するばかりだった。



おわり