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「出来る訳ないじゃない、そんなこと!」
「……?」

突然、マリナのそんな悲痛な悲鳴が聞こえて、辺りはシンと静かになった。
もう、ネーナは帰ったのだろうか。
そっと扉を開けて外の様子を伺う。もう話し声はしない。

(マリナ?)

階段を降りてキッチンを覗いたけれど、誰もいない。
玄関に向かうと、マリナがいつも履いている靴がなくなっていた。
どこかへ、出掛けたのだろうか。さっきの叫びはなんだろう。
ともかく、ネーナが帰ってくれて良かった。
彼女は、最近刹那と同じクラスに転校して来たのだけど、何がどうなっているのか、いきなり初日にキスされて、それから苦手なのだ。
しかも新任の教師はその彼女の兄だと言うし、上の学年には素行の悪い兄までいるしで。ロックオンも手を焼いているくらいだ。
まぁ、それはさておき。
マリナはどうしたのだろう。キッチンには、刹那の好きなガリーエ・マーヒーが作りかけになっている。

「……」

いい匂いがして、ぐぅっとお腹が鳴ってしまったけれど、マリナがいなければいつまで経っても食べることが出来ない。
でもきっと、すぐ帰って来てくれるだろう。
そう思って、刹那は大人しくマリナを待つことにした。



でも。夜になっても、彼女は帰って来なかった。
こんなことは初めてだ。どうしたのだろう。
もう、かなりお腹が空いてしまってどうしようもないのだけど。

「……」

刹那は少し考えて、前と同じようにカップラーメンにお湯を注いでみた。
でも、一口食べて眉を顰めた。
何だろう。この前は結構美味しく感じたのに、今日は全然そう思えない。
箸を持つ手をぴたりと止めると、刹那は眉間に皺を寄せた。

また無言で考えた後、すくっと立ち上がると、今度は家の電話が置いてある場所へすたすた足を進めた。
確か、マリナの友人の電話番号が書いてあったはずだ。
シーリン・パフティヤールの名前を見つけると、刹那は受話器を手に取った。

「マリナは、いるか」

シーリンが電話を取ると、刹那は短く名乗って、それから早速本題に入った。
マリナはいつも何かあると彼女に相談しに行くと言っていたから、今もここにいるかも知れないと思ったのだ。
そして、案の定、受話器の向こうからは深い溜息と共に肯定の返事が返って来た。

『ええ、いるわよ。その上、さっきから泣きっぱなしで部屋の湿度が上がって鬱陶しいの。どうにかしてくれないかしら?』
「どうにか、とは…」
『あなたが原因なのでしょ』
「……」

きっぱりと言われて、思わず黙り込む。
原因は、よく解からないけれど。
でも、一つだけ確かなことがある。それを、マリナに伝えないと。

「解かった。マリナに代わってくれ」

刹那は頷いて、シーリンに告げた。

『もしもし、…刹那?』

泣きはらしたようなマリナの声が聞こえる。
やっぱり、何かあったのだろう。

『ご、ごめんなさい、わたし…』

謝ろうとするマリナの言葉を遮って、刹那は強い口調で口を開いた。

「…帰って来て欲しい」
『せ、刹那…』
「いつもの、ご飯が食べたい」
『刹那!』
「一緒に、食べたい」
『……!!』

受話器の向こうで、息を飲む気配がした。
そして、数秒後。

『わ、解かったわ、刹那!今すぐ帰るから、待っててね!!』

弾んだような声でそう言って、マリナは電話を切った。
部屋の向こうで、―誰かしら、今日はもう帰れないとか言っていたのは…などと言うシーリンの声が聞こえたけれど。
とにかく、マリナが帰って来てくれる。
刹那はホッとして、受話器をそっと置いた。




04.15