+ロク。
SS
休日。
刹那が買い物を手伝ってくれることになり、珍しく一緒に外出していると、突然通り掛かった車が横に停止した。
何事かと目を見開いていると、ゆっくりと窓が開いて、何度か見たことのある人物が顔を出した。
「よう、刹那。それに…お姉さん、ですね」
「ロックオン」
「あなたは…!」
刹那のクラスの担任教師、ロックオン・ストラトスだ。
彼も休みでどこかへ出掛けていたんだろう。
「今から…帰りですか」
軽い挨拶を交わした後、ロックオンはそんなことを聞いて来た。
「え、ええ…」
戸惑いながら頷くと、彼は笑顔を作った。
「どうですか。良かったら、一緒にお茶でも」
そんな成り行きで、三人でお茶をすることになった。
近くのカフェに入ってテーブルに付くと、近付いて来たウエイトレスが笑顔で尋ねる。
「ご注文は?」
「わたしはコーヒーを」
「俺は紅茶」
「俺はガンダム」
「……?!」
(ガ、ガンダム?!)
「おい、刹那っ!」
目を見開くマリナと、咎めるように名前を呼ぶロックオンと、絶句するウエイトレス。
和やかだった店内には、一瞬気まずい空気が流れた。
ガンダムなんて、メニューにあっただろうか。
マリナは必死でメニュー表に目を走らせたけれど、それらしきものは見付からなかった。
代わりに、ロックオンが引き攣ったような笑みを浮かべながら、ウエイトレスに謝った。
「すみません。ええと、今のはなしで、ミルクを」
「か、かしこまりました」
もしかして、ロックオンは知っているのだろうか。
ガンダムが、何なのか。
注文したものが運ばれて来てからも、マリナは悶々と考えていたけれど。
やがて、刹那がトイレへ立った隙に、思い切って声を上げた。
「あ、あの先生。ちょっと、お話したいことが、あるのですが」
「はい、何か?」
にこやかな笑顔。本当にとても優しそうだ。
彼なら、親身になってくれるかも知れない。
「せ、刹那の…ガ、ガンダムのこと…なんですが…」
「あ、ああ」
明らかに、ガンダム、と言う言葉に反応して、ロックオンは苦い笑みを浮かべた。
やはり、知っている?!
マリナが息を飲むと、彼はすうっと深呼吸して、それから真剣な話をするときのように声のトーンを落とした。
「お姉さんの気持ちも、よく解かります。でも、刹那のことは、あまり叱らないでやって下さい」
「せ、先生…?」
ロックオンは、前回のテストで刹那が解答欄に全て「ガンダム」と記入したことを、マリナが姉として咎めているのだと思い…すかさずフォローを入れているのだけど。
そんなことを知る由もないマリナにとっては、何がなんだか、さっぱり訳が解からない。
でも、呆然としつつも、ロックオンの言う事を一言一句漏らすまいと必死に耳を傾けた。
「何て言うか、あいつはガンダムそのものにまでなろうとしている、そんなところがあるんですよね…」
「え、え…?」
(ど、どう言うこと?)
ガンダムって、刹那の好きな料理のはずだ。
そのものになろうとしているだなんて、そこまで好きなんだろうか。
目を泳がせるマリナに、ロックオンの真剣な声はまだ続く。
「でも、心配はないと思いますよ。ガンダムに夢中になる気持ちは、俺にも少し解かります」
「え、ええ。そ、そうですね」
(ど、どうしよう、わたしには全く解からないわ)
「だから、あなたも…あまり責めないでやって下さい。今は補習だって真面目にやっているんですよ」
「ええ。わ、解かりました」
(だ、だから補習とガンダム、一体何の関係が?!)
青褪めて引き攣った笑顔を浮かべながら、マリナは胸中で声にならない叫びを上げた。
やがて、何も解決しないまま、刹那が戻って来た。
「じゃあ、俺はここで」
席を立ったロックオンに、刹那も釣られて立ち上がる。
「ロックオン、この前のはどうなった」
「おっ、見に来るか?新しいガンプラ」
「ああ」
「……?!」
二人の会話に、マリナはますます眉を顰めた。
(ガ、ガンプラ?)
って、何?天ぷらみたいなもの?
更に解からない単語が…。
本当に、何がどうなっているのか。
だいたい、そのものになろうとしているって、どう言う。
「刹那は早めに帰しますから。ご心配なく」
「え、ええ。また、今度」
そんな挨拶を交わして、意気揚々と二人が去った後。
「ああ、刹那…。あなたが解からないわ…」
床にがっくりと崩れ落ちると、マリナは悲痛な呟きを漏らした。
終
又ガンダムにしてやられるマリナさま。
04.17