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何故、別れとは突然やって来るのだろう。

「刹那…わたし…待ってるわね、ずっと」
「ああ」

こくん、と頷いて扉の向こうに消えてしまった刹那の姿を見送って、マリナは唇を噛み締めた。



「そ、そんな…わたし、聞いてないわ」
「すまない。言うのが、遅くなった」
「刹那……」

そう言って、彼が一枚のプリントを手渡して来たのは、昨日のこと。

「だって、お金は?あなたに、そんな…」
「大丈夫だ。貯金が、あった」
「そ、そうだったの…」

もっと、頼ってくれていると思っていたのに。
いや、でも…変化に気が付かなかった自分が悪い。
マリナの手から、手渡されたプリントがひらりと滑り落ちた。



そして、翌日。
刹那が出て行った後。
誰もいなくなり、しん、と静まり返った部屋を見詰めて、マリナは悲しそうに眉を顰めた。

(刹那…)

刹那は無口だったけど、彼がいればマリナは沢山話し掛けたくなるから。
結局、家の中を明るくしてくれていたのは彼だった。
いなくなってしまって、それがよく解る。

「刹那」

もう一度、今度は声に出して義理の弟の名前を呼ぶと、マリナはその場に座り込んでしまった。

その、数秒後。

「お取り込み中悪いのだけど……そろそろ現実に戻って来たらどう?」

物凄く呆れたような声が背後からして、マリナはハッと我に返った。

「シ、シーリン!いつの間に?!」
「何度もチャイムを鳴らしたのだけど、出て来ないからあがらせて貰ったわ」
「そ、そう」

悲嘆に暮れているマリナと、空っぽの刹那の部屋と、床に落ちているプリントを見比べて、シーリンは深い溜息を吐いた。
そして、つかつかと歩み寄ってプリントをばっと拾い上げた。

「あ…!そ、それはっ!」

マリナが呼び掛けるのにもお構いなく、シーリンは眼鏡を直しながらプリントに目を通し、そして更に深い溜息を吐いた。

「全く、何事かと思えば…。マリナ・イスマイール…あなたって人は…」

溜息混じりに吐き出して、目の前にプリントを突きつけると、彼女は怒鳴り声を上げた。

「いちいち大袈裟なのよ!!たかが修学旅行、二泊三日いないだけでしょ!」
「シ、シーリン!」

彼女の言う通り。
刹那は修学旅行に行ってしまっただけだ。
でも。

「で、でもっ、こんなに離れてるなんて…わたし、初めてで…っ」

それに、ホテルの食事は刹那の口に合うだろうか。
刹那はコーヒーはあんまり飲めないのに、朝食にそれしか出なくて喉が渇いて切ない思いをするんじゃないか。

「それに、あの…ネーナさんと旅先で開放的になってハメを外したりなんて、そんなことになったら、どうしたら良いのか…。刹那に限ってそんなことはないと思うけど。でも…あの子…」
「いい加減にしなさい!全く…付き合ってられないわ。用事があったのだけど、今日は帰るわ」
「ま、待って、シーリン!もう少し話を…」
「じゃあね、さよなら」
「シーリン…っ!」

颯爽と言い捨てて彼女は去り、後にはマリナの悲痛な悲鳴だけが響き渡った。




04.26