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「あ、これは」

レンタルショップをうろうろしていたマリナは、ふと、今一番人気があると言う映画のDVDを見付けた。
大人気で、いつ見ても全部借りられていたのに。今日は運がいい。早速手に取ると、少し浮き足立ってレジへ向かった。
噂では、切ないラブストーリーなのだとか。たまには、こう言うのもいいかも知れない。刹那と一緒に観れるだろうか。
そう思って、刹那が帰宅した後の夕食中、マリナは思い切って声を掛けてみた。

「ねぇ刹那。もしこの後時間があるなら、一緒にDVDを観れないかしら?」
「……DVD」
「ええ、今日借りて来たの」
「……」

にこやかに、手にしたDVDを目の前にかざしてみたのだけど、反応がない。
全く乗り気していないその態度に、てっきり断られると思ったのだけど…。
暫くの間の後。

「解かった」

刹那はそう言って、こくんと首を縦に振ってくれた。

「あ、ありがとう、刹那」
「いや」

マリナが目を輝かせると、彼の口元もほんの少しだけ緩んだような気がした。



それから、約一時間半後。

「う…っ、うう…っ」

とても愛し合っているのに、事情があって恋人同士が引き離されてしまうストーリー。
あまりに切なくて悲しい展開に、マリナはハンカチを握り締めながら盛大に泣き出してしまった。
小さく嗚咽まで上げてストーリーに浸っていると、ふと、隣から声が掛かった。

「どうして、泣くんだ」
「……せ、刹那!!」

冷静な問い掛けに、ハッと我に返る。

「ご、ごめんなさい、こんなに泣くなんてみっともないわよね」

慌てて涙を拭くと、マリナは刹那に向けて笑顔を作った。
目を合わせると、刹那は少しきょとんとしたような、不思議そうな顔をしていた。

「謝ることはない。だが…何がそんなに悲しい?」
「え……?」

珍しくそんなことを問い掛けられて、思わず首を傾げる。
刹那はTVの画面とマリナの顔を見比べて、もう一度口を開いた。

「もう二度と会えない訳ではない」
「そ、そうね…。そうだけど…」

確かに、刹那の言う通りかも知れない。
でも…何と説明したらいいのだろう。確かに、会えなくなる訳ではないけれど。
色々と考えながら、マリナは慎重に口を開いた。

「でもね、刹那。例えば……もし、何かの事情で突然刹那と暮らせなくなるとしたら、わたしはきっと凄く悲しくて寂しいと思う。会おうと思えばまた会えると言っても、やっぱりこうして一緒にいれないの、わたしは寂しい…。勿論、恋人と家族は違うかも知れないけど。でも、そう言う気持ちを想像すると……」

そこまで言って、マリナは一端言葉を止めた。
いけない。いつもの癖で、また長々と話してしまった。こう言うとき、刹那は決まって最後まで話を聞いていないから、今もまたそうなのだろう。
そう思って顔を上げたマリナは、隣に座っている彼を見て、ハッとした。
さっきまで何の感慨もなさそうにしていた大きな目から、突然、ぽろりと涙が零れ落ちたからだ。

(え……っ?)

「刹那…?」

あまりのことに、ぱちぱちと瞬きをしてみたけれど、目の前の光景は見間違えではない。

「ど、どうしたの、刹那!」

驚き過ぎて、さっきまで溢れていた自分の涙など引っ込んでしまった。
気のせいか、刹那の肩は少しだけ震えている。
慌てて側に寄り、顔を覗き込むと、彼はそっと視線を伏せた。

「刹那…?」

困り果てたまま恐る恐る名前を呼んで、刹那が何か言ってくれるのを待つ。
もしかしたら、傷つけることを言ってしまったのだろうか。
息を飲んで見守っていると、やがて、小さな声がした。

「いつか…いなくなってしまうと言うことか…」
「……!せ、刹那っ!違うの、あくまで例えなのよ!」

慌てて手を伸ばして、慰めるように黒い髪の毛を撫でる。

「だから泣かないで。ごめんなさい」

言い聞かせるように囁くと、刹那はゆっくりと顔を上げて、マリナを見詰めた。

「……マリナ」
「家族だもの、ずっと一緒にいましょうね、わたしたち」

優しく言葉を掛けると、こく、と刹那が首を縦に振る。
それを確認して、マリナは笑顔を浮かべた。

「大丈夫よ、刹那」

更にあやすように髪を撫でると、刹那はもう一度ゆっくりと頷いて、糸が切れたようにことんとマリナの肩に頭を落とした。
長い間そのまま動かずにいると、やがて小さく規則正しい吐息が漏れ出す。
刹那が泣き止んで、いつの間にか眠っていることを確認すると、マリナはそっとテレビの電源を落とした。




05.16