SS
ある朝。
なかなか起きて来ない刹那を起こしに彼の部屋へ足を踏み入れ、マリナは絶句してしまった。
いつも刹那がいるはずの部屋の中は、空っぽだったのだ。彼が眠っているベッドも、よく向かっているデスクも、もぬけの殻だ。
「え、刹那?」
周りを見渡してみても、誰もない。空っぽの部屋には、マリナの不安そうな吐息が聞こえるばかり。
言いようのない不安に駆られながら部屋の中央へ足を進めると、テーブルの上に一枚の紙が置いてあるのに気付いた。
「……!」
もしかしたら、何か手がかりが。
考えるより早く、手を伸ばしてその紙を引っ掴む。
「こ、これって、一体」
急いでそれに目を泳がせたマリナは、ごく、と喉を鳴らした後に、そのまま呆然としてしまった。
「いなくなった?あの子が?」
「ええ…、そう、なの。朝起きたら、こんな書き置きがあって…」
次々と溢れる涙をハンカチで拭いながら、目の前のシーリンに訴えると、彼女は怪訝そうな表情で眼鏡を直して、それから紙切れを受け取った。
「………」
そして、物凄く不審そうな顔になる。
「なんなのかしら、これは」
「解からないわ、わたしが聞きたいわよ!」
思わず興奮してわっと泣き出すと、シーリンは紙切れをテーブルに戻してハァと深い溜息を吐いた。
紙切れにはたった一言だけ、”俺はガンダムになれない”と書いてあった。
「……意味が解からないわ」
「もしかしたら、あの先生が何か知っているかも知れないけど、何だか、聞くのが怖くて…」
今まで散々ガンダムには悩まされて来たから、無理もない。
マリナは両手で自分を抱き締めるように、ぎゅっと腕に力を込めた。
「シーリン、わたし、どうしたらいいかしら」
涙ながらに縋り付いたけれど、返って来た返事はかなり素っ気無かった。
「悪いけど、これから用事があるのよね」
「え…、用事って…」
「暫く実家に帰らせて貰うことにしたわ」
「え、実家って、そんな、どうして急に…」
「そう言う訳だから、さよなら、マリナ・イスマイール」
「シーリン…!!」
頼みの綱の親友に逃げられて、マリナは思わず床にへたり込んでしまった。
刹那は書き置きを残して失踪、親友は実家へ帰らせて頂きますとばかりに帰省。
なんだろう、この…家族に逃げられたひとりぼっちの寂しい中年亭主のような気分は。
(………)
とにかく、今は立ち上がる気力さえ沸いて来ない。
「刹那…」
一人で悲しそうに呟きを漏らすと、マリナは刹那の残していった書き置きをぎゅっと握り締めた。
終
08.25