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刹那がいなくなってから、一日が過ぎた。
一人になってしまった家の中はやたらと静かで、本当に生気が抜けてしまったみたいだ。前も修学旅行でいないことはあったけれど、帰って来ることが解かっていたから、耐えられた。でも、今回は本当に何がなんだか。

(刹那、どこへ行ってしまったの)

マリナは彼が残していった書き置きを何度となく見詰めて、その意味を考えてみたけれど、解かるはずもない。でも、確か前に担任教師のロックオンが言っていた。彼はガンダムそのものにまでなろうとしている。

(そ、それほど好きなものって、一体…)

眉を顰めて、紙面を睨み付けてみても、やっぱり解からない。ソファの上で膝を抱えたまま、マリナは悲しみの籠もった溜息を吐いた。携帯を握り締めて、シーリンへ縋り付こうとも思ったけれど、ぐっと堪える。

(もう…、帰って来ないのかも知れない)

そんなことを考えて、絶望的な気持ちになった、直後。
ドンドンと大きな音がして、続いて扉の方で物音がした。

「……?!」

まさか、刹那?!
帰って来たのだろうか。

「マリナ、マリナ・イスマイール!」
「せ、刹那?!」

刹那の声だ。しかも、自分を呼んでいる。
慌ててソファから飛び降りて玄関へ飛び出すと、そこには本当に刹那の姿があった。

「刹那、あなた一体どこへ…?」

言いかけたマリナは、彼が高々と抱え上げている箱に気付いて、目を丸くした。
何だろう、随分と、大きな。

「刹那、それは…」
「買って来た、今日発売のガンダムだ」
「え……」

こ、これが?これがガンダム?
どう見てもその、男の子の玩具と言うか、いわゆるプラモデルにみえる。
食べ物じゃなかったのだろうか。
でも、そうだとしても、ガンダムになれないとかロックオンの言葉とか、全然解決しないのだけど?!
頭の中は一気にそんな疑問で溢れてしまったけれど、何だか誇らしげな顔をしてる刹那に気付いて、マリナは慌てて平静を装った。

「そ、そうなの、刹那。良かったわね」
「ああ、昨日から並んで買った甲斐がある」
「き、昨日から…?」

だから昨日からいなかったというのか。

「で、でも…、心配したのよ、とても…」
「すまなかった。書き置きをしたから、大丈夫だと思った」
「え?あ…、ええ。そうね…。ごめんなさい」

確かに書き置きはあったけれど、全然大丈夫じゃなかった。意味不明だった。でも、刹那はちゃんと伝えたつもりだったのだろう。刹那があまりに嬉しそうだったので、マリナはそれ以上追求するのは止めることにした。



『そうだったの、良かったじゃない』
「ええ、ホッとしたわ」
『昨日は急いでいたからすぐ帰ったけど、気になってはいたのよ』
「あ、ありがとう、シーリン。それにしても、ガンダムがあんなものだったなんて」
『あなた、本当に知らなかったの』
「え、ええ…。まさか、シーリン知っていたの?」
『勿論よ。もっとテレビを見ることね、マリナ・イスマイール』
「え、ええ…」

シーリンとそんな会話をして電話を切った後、マリナは笑顔を浮かべながら刹那の部屋をノックした。

「刹那、そろそろご飯よ」

今日は、腕によりをかけて彼の好きなものを色々作った。もっと刹那に喜んで欲しい。そう思っての行動だったのだけど。

「すまない、夕飯はいらない」
「……え」

返って来たのは、そんな釣れない返事。

「ど、どうして?お腹空いてないの」
「ガンダムを、作っている。終了するまでは、部屋にも入らないで欲しい」
「……!!」

(そ、そんな!)

それっきり。呼び掛けてもなんの返事もなくて、マリナは仕方なくよろよろよろけながらキッチンへ一人戻った。
大好きな魚のシチューもあるのに。いつもそれを作っていると匂いだけで釣られて部屋から出て来るのに。それより大事だなんて。

「ああ、ガンダムって、ガンダムって…」

一体、何なのだろう。
一向に解けない疑問を抱いたまま、夜は静かに更けていった。




08.27