+トリニティ兄妹。
SS
来客があったのは、本当に突然のことだった。
「へっ、あんたか?あの刹那って野朗の姉は」
ドアを開けるなり、そこに立っていた人物はマリナの姿をじろじろと見て、そんなことを言った。
「あ、あなた…、誰…?」
濃紺の髪の毛に、赤い目に。整った顔はしているけれど、この口の悪さ、それに少し軽薄そうな態度。今まで接したことのないタイプだ。それに、刹那のことを知っているなんて、一体誰だろう。
マリナが怯えながら尋ねると、彼はふっと挑発するような笑みを浮かべた。
「とにかく、話があんだよ、邪魔すんぜ」
「は、話って、勝手に上がらないで…っ」
ずかずか踏み込もうとする彼に、焦って声を上げると、背後から刹那の呼び声が聞こえた。
「マリナ!」
「せ、刹那…!お帰りなさい。この人は、一体…」
「俺はミハエル・トリニティ。あんたの弟がちょっかいかけてるネーナの兄だ」
「ネ、ネーナさんの!」
ネーナ。一度だけ家に来たことがある。確か、刹那とキスをしたと言っていた、気の強そうな可愛い女の子だ。その兄が、どうして。
「そうだ、あんたよりだーいぶ発育のいいネーナのお兄さまだ」
「なっ、なんですって…」
はっきり言われた訳ではないけれど、あからさまに失礼な台詞にガン!とショックを受けると、刹那が庇うようにマリナとミハエルの間に立ちはだかった。
「き、貴様…!本当のことを言うな!」
「せ、刹那っ、微妙にフォローになってないわ」
「そ、そうだな…すまない」
「い、いいのよ、気にしないで」
小声でそんな会話を交わした後、刹那は気を取り直したようにミハエルに向き直った。
「とにかく!俺は何もしていない。ちょっかいを掛けて来るのは、ネーナ・トリニティの方だ!」
刹那の言葉に、ミハエルの眉が釣り上がる。彼はみるみる凶悪な顔になって、突然目の前にナイフを翳した。
「何だと、てめぇ!やんのかぁ?!」
「や、止めて…!」
突然の修羅場に悲鳴のような声を上げると、またしても背後から聞き覚えのある声が掛かった。
「あれ?何してんの、ミハ兄」
能天気そうな明るい声と共に、扉の隙間からひょこ、と姿を見せたのは、ネーナ・トリニティその人だ。
「ネ、ネーナ」
「ネーナさん」
「………」
ミハエルと刹那は同時にぎくりとしたように身を強張らせ、マリナは思わず彼女と自分の胸との間で視線を行き来させてしまった。
きょろきょろと辺りを見回した彼女は、すぐに状況を悟ったのか、腰に両手を当ててミハエルに詰め寄った。
「ちょっと、ミハ兄!何してるの!」
「ネ、ネーナ、いや、なんつーか、その…」
先ほどまでの態度はどこへやら。一変して弱気になったミハエルに、ネーナは更に声を厳しくした。
「もう!刹那とネーナが結婚したら、この人ネーナのお姉さんになるんだから、失礼なこと言わないでよ」
「結婚!」
「結婚!」
「バカな!」
三人の絶望的な声が重なったけれど、ネーナは動じない。
「これ以上ネーナのこと困らせたら、ミハ兄なんて嫌いになるよ。いいの?」
「ネ、ネーナ、解かったよ」
渋々頷くと、ミハエルは手にしていたナイフをそっとしまった。
「とにかく、今日はもう帰ろ。ヨハン兄が呼んでるんだから」
「あ、兄貴が?解かったよ、仕方ねぇ…」
そう言って、トリニティ兄妹はようやくマリナたちの家から帰って行った。
「刹那、今度デートしようね!」
「断る」
「ネーナ諦めないから、じゃね!」
帰り際、そんな言葉を残していった彼女に、また不穏な空気が広がったのはさておき。
(よ、良かったわ…)
何とか収まった修羅場に、マリナはホッと胸を撫で下ろした。
終
08.27