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「刹那、美味しい?口に合わないとか、そんなことないかしら」
「問題ない」
「そ、そう」

刹那がここへ来て、もう一ヶ月経つ。
でも、会話はいつもこんな感じだ。食事も、何を作ってもこんな感じ。
残さず食べてくれるので、本当に問題ないのだろうけど。
もっと色々な反応をして欲しいと思ってしまう。
彼に、望み過ぎているのだろうか。刹那だって色々あるのだろうから、自分の思い通りの反応を返してくれないからって、不満に思うのは可笑しいのかも知れない。
カチャカチャと音を立てて食器を洗いながら、マリナはハァと深い溜息を吐いた。
その、途端。

「どうした」
「……!せ、刹那!」

急に背後から声が掛かって、マリナは手にしていた食器をガシャンと落っことしてしまった。

「大丈夫か」
「え、ええ。大丈夫。どうしたの?刹那」
「何か、手伝うことは」
「え……」

思わぬ申し出に、マリナは目を輝かせた。
こう言う風に言ってくれると言うことは、避けられている訳ではないのだろう。
とても嬉しい。でも。

「もう終るから、大丈夫よ。ありがとう」
「解かった」

こくん、と素直に頷いて、刹那はくるりと背中を向け、行ってしまった。

手伝いも嬉しいけど、自分は彼の喜ぶ顔がみたい。
例えば、とても嬉しそうに笑う顔とか。
そこまで思い巡らして、マリナはあることに気が付いた。

(ま、待って)

もしかしたら。刹那の笑顔を、一度も見たことがない、かも知れない。
いや、見たことがない。確実に。

(そ、そんな……)

初めて気付いた事実にショックを受けて、マリナは思わず今日二枚目になる食器を思い切り落としてしまった。



これはもう、彼に直接聞くしかない。
一体、刹那は何が好きなんだろう。

「刹那、美味しい?」
「ああ…」

次の日の朝。
同じような会話を繰り広げた後、マリナは思い切って切り出してみた。

「ねぇ、刹那は…何か特に好きなものって、ある?」

殊更明るい声を出して言ってみる。すると、彼はゆっくりと顔を上げてこちらを見た。
最初から、こうして聞けば良かった。そうすれば、最初からもっと喜んで貰えたのに。
わくわくしながら返答を待つマリナの耳に、次の瞬間、聞き慣れない言葉が飛び込んで来た。

「ガンダム…」
「……?!ガッ、ガンダム?!」

それって、一体?
聞いたことも見たこともない。
でも、それが刹那の大好きなもの…。
それなのに、何それ?なんてデリカシーのないこと、言えない。
マリナは引き攣りながらも笑顔を浮かべた。

「そ、そう。いいわよね、ガンダムって…美味しいわよね」
「……」

その時の彼の顔は、ちょっと何と言うか、物凄く不味いものでも食べたように複雑そうだった。
でも、構わない。後で調べて、ちゃんと作ればいい。

刹那が学校に行った後、マリナは料理本をひっぱりだして必死で調べた。
でも、どこにも載っていない。パソコンを開いてネットで調べたけど、どこにもそんな料理のレシピは載っていなかった。

(ど、どうしたらいいの…)

「シーリン、刹那がそう言うんだけど、わたし、どうしたらいいのか」

悩んだ末、涙ながらにシーリンに電話すると、物凄い溜息の後、厳しい返事が返って来た。

「知らないわ、自分で調べなさい!」
「ま、待って、シーリン!」

ガチャン!
引き止める声も聞かず、無情に切れてしまった受話器を見詰めながら。

「ああ、ガンダムって、何なの」

マリナはまたしても、がっくりと床に崩れ落ちてしまった。




04.03