少し6絡み。

SS




誰でも、魔が差してしまうということはあるものだ。
例え、後からそれをとてつもなく後悔すると解かっていても、誘惑には勝てないことがある。



「刹那、刹那!」

先ほどから、硬く締められた扉の向こうにいる人物に向けて、マリナは一生懸命に呼び掛けていた。
でも、心を込めた呼び声にも、一切応答はない。

「ああ……、刹那」

がく、とその場にへたり込みながら、マリナはことの始まりを涙ながらに思い浮かべた。



そう、あれは。午前中に刹那が学校へ行った後のことだ。
マリナは家の掃除をしていて、刹那の部屋にも入った。いつもはざっと掃除機を掛けてそれで終わりなのだけど、コンセントを抜いたところでふと、ある誘惑に駆られてしまった。
刹那の机は、いつも綺麗だ。整理整頓されていると言うより、単に物が少ない。
そして棚の上には色々なガンダムのプラモデルが。ここ最近、随分増えたように思う。刹那の宝物だから、マリナはそこに触れたりしない。
でも。彼の机の引き出しの中は…。
一体、どうなっているんだろう。
思わずそんな疑問が浮かんで、マリナはごくっと喉を鳴らした。

(いけないわ…、わたしは何を考えているの…)

勝手に覗いたりしたらいけない。そんなことはしたくないし、出来ない。
でも、でも本当にちょっとだけ。
そう、引き出しの中はちゃんと整頓されているのか。
それに、彼女の写真なんて入っていたら、どうしよう。
刹那が突然家に彼女を連れて来るなんてことがあったら、きっと卒倒して寝込んでしまうから、心の準備の為に。
あくまで、悪気はない。

そこまで思い巡らしたところで、足は勝手に進んでいた。
恐る恐る引き出しに手を掛けて、再びごくっと喉を鳴らす。
心なしか、手が震えている。

(せ、刹那、ごめんなさい!許して!)

胸中でそんな叫びを上げて、えい!とばかりにマリナは禁断の引き出しを開けた。
思わずぎゅっと目を瞑っていたことに気付いて、そーっと瞼を上げる。
中を覗き込むと、そこには一枚の紙切れが入っていた。
彼女の写真なんか入っていなかったことに、一応ホッと胸を撫で下ろす。
でも、よく見ると紙切れはテストの答案用紙のように見えた。
刹那はいつもマリナにちゃんと渡してくれるのに、どうしてこれだけ…。
何気なくそれを手にとって、マリナは思わず顔を引き攣らせてしまった。
テストの解答用紙の日付は、刹那が転校して来たばかりの頃のだ。
でも、日付以外の回答欄にも名前を書く欄にも、全て「ガンダム」と書いてあった。

「こ、これは…」

これは、一体。
マリナが思わず放心してしまった、その直後。

「何をしている」
「……?!!!」

突然、背後から刹那の声が掛かって、マリナは飛び上がらんばかりに驚いてしまった。

「せ、せ、刹那!?どうして?!」

そこへは、学校へ行ったはずの彼の姿が。

「忘れ物があって、取りに来た。掃除をしてくれていたのか、すまな…」

そこまで言って、刹那の視線はマリナがぎゅっと握り締めているものの上で止まった。
それが何か認識すると共に、彼の表情はぴきっと凍り付いてしまった。



その後。
部屋から掃除機と一緒に叩き出されて、廊下に蹲ること数時間。
見てはいけないものを見てしまったのだ。きっと、彼のプライドを傷付けてしまったに違いない。

「刹那、本当にごめんなさい…。わたし…どうしても気になってしまって。もう絶対に勝手に見たりしないから」

何度も謝っているのだけど、返って来るのは気まずい空気ばかり。
すっかり困り果ててしまって、マリナはシーリンに電話を掛けた。

「……と、言う訳なの。どうしたら良いかしら、シーリン」
『年頃の男の子の机の中を勝手に見るなんて、本当にバカなことをしたものね』
「ええ、本当よね…、とても反省してるわ」
『でも、そんなに気に病むことでもないでしょう。何か、物で釣りなさい』
「え……、物で…?」

大好きなシチューを作ってあげると言ったけれど、無反応だったので、ちょっと諦めていたのだ。
電話を切って再び刹那の部屋の前に立つと、マリナは再び恐る恐る声を上げた。

「刹那、わたしのほんの気持ちなのだけど、今月はあなたが好きなだけ、ガンダムを買って良いわよ」

こんなことで、いいのだろうか。更に怒らせてしまうのではないか。
そう思って不安になった直後。
ガチャ、と音がして扉が開いた。

「せ、刹那…!」

何時間かぶりに見る彼の姿に思わず涙ぐんでしまった。

「許して、くれるの?」

顔色を伺いながら尋ねると、彼はこくんと頷いて、何だか嬉しそうに口元を綻ばせた。

「ああ…」
「せ、刹那、ありがとう」

仲直りしたことに心底ホッとして、マリナは胸を撫で下ろした。



「シーリン、あなたのお陰で助かったわ。ありがとう」
『意外とちょろいものよ、年頃の男の子なんて』
「そ、そんなことは…」

そんなことはないと言いつつも、シーリンの言葉にも一理あるような気がしないでもない。
でも、取り敢えず本当に良かった。
財布はちょっと軽くなってしまったけど、マリナは少しだけガンダムが好きになった気がした。




10.31