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「全く、いい加減にして欲しいわ!」

刹那が学校へ行った後。
猛烈にチャイムが鳴ったのでいそいそと扉を開けると、現れたシーリンにそんな言葉を浴びせられた。

「シ、シーリン?な、何怒ってるの?」

突然のことと、あまりの迫力に怯えながら返答すると、彼女はマリナの目の前にずいっと携帯電話をかざしてみせた。

「あなたから来るメールのことよ。毎晩毎晩毎晩……アサガオの観察日記じゃないのだから、あなたの弟の様子なんて、逐一送って来られても困るのよ!」
「そっ、そんな…。わ、わたしは、良かれと思って…」
「だいたい、内容自分で読み返して虚しくならない?」

はぁ、と深い溜息を吐いて、シーリンはメールのフォルダを開いて本文を読み始めた。

「例えば、一昨日だけど…。“今日の刹那はあまり元気がなくて心配なの、溜息を二回も吐くなんて、どこか悪いんじゃないかしら”そして昨日は…“今日は刹那がご飯を二杯おかわりしてくれたのよ、美味しかったって自惚れて良いのかしら”……とかね」

シーリンの言葉に、マリナは昨夜の食事のことを思い出して、顔を緩めた。

「そ、そうなのよね、刹那ったらいつもは大抵おかわりなんて言ってくれないのよ。それなのに、昨日作った魚のシチューは…」
「だ、か、ら!それが虚しいと言っているのよ!」

マリナの言葉を遮って、シーリンが声を荒げる。

「シ、シーリン」

この様子はただ事じゃない。
そりゃ、確かに毎晩メールしてしまって、申し訳ないことをしたけれど。
刹那のちょっとした変化がどうしても嬉しくて黙っていられないのだ。
物凄くうろたえていると、シーリンはくい、と眼鏡を指先で直しながら厳しい声を発した。

「このままじゃ、いけないわね。本当に…」
「……?!なっ、何か…問題が?!」
「大ありよ!もっと毅然としなさい!マリナ・イスマイール!」
「……き、毅然と?!!」

シーリンの言葉に、マリナはガン!と鈍器で頭を殴打されるようなショックを受けた。



毅然とする…毅然と…。
シーリンが帰った後、ふらふらとダイニングのソファに腰掛けると、マリナは引っ張り出して来た辞書を熱心に捲っていた。

毅然―。
意志が強くしっかりしていて、物事に動じないさま。
例文。―何を言われても毅然としている。

「……」

って、言っても。

(何を言われてもって……そもそも刹那はわたしに話し掛けてなんてくれないもの!!)

開いたページを穴の空くほど見詰めた後、マリナはわっとテーブルに泣き伏してしまった。



そのまま、どのくらい経ったのか。
気付いたら、部屋の中は真っ暗になっていた。
ショックのあまり、放心していたらしい。
もう、刹那が帰って来ている時間だ。

「た、大変だわ、ご飯!」

慌てて振り向いた途端、目の前に刹那本人が立っていた。

「刹那、ごめんなさい!お腹空いたわよね」

慌てて椅子から立ち上がるマリナに、刹那はふるふると首を横に振った。

「大丈夫だ。これを…食べた」
「……?」

言いながら、刹那が差し出したのは、並々とお湯が注がれたカップラーメン。

「刹那…どうしたの、これ?」

目を丸くして尋ねると、刹那はちょっとだけ誇らしげに口元を緩めた。

「作った」
「刹那が、作ったの?」
「そうだ。食べるか」
「え、ええ。いいの?」

恐る恐る聞くと、こくんと頷く。

(刹那……)

思わず満面の笑みを浮かべながら、マリナは刹那からカップメンを受け取った。

「ありがとう、刹那」
「いや…」

それだけ言って、刹那は部屋に戻ってしまった。
インスタントの麺はすっかり伸びてしまっていたけど、マリナは全部食べた。
本当は、育ち盛りの刹那のことを考えると、もっとちゃんとした食事を摂らせないといけなかったのだけど。
でも、今日ばかりは何だか嬉しくてどうしようもなかった。

―シーリン。今日は刹那が初めて料理を作ってくれたのよ。あんな美味しいカップラーメンは食べたことがないわ。毅然とするのも大事だけど、刹那に対しては、無理かも知れない。でも、それでいいのよね。

携帯電話に打ち込んだ文章を眺めて、マリナはうーんと唸った。
また、怒られてしまうだろうか。でも、どうしても言いたい。
迷った末、マリナは結局送信ボタンを押した。




カップ麺はエスニックなカレー味。
04.04