刹那の誕生日話です。
SS
その日、家に帰ると妙な匂いがした。何かが焦げるような、そんな匂い。
眉を顰めて首を傾げていると、続いてキッチンの方から悲痛な悲鳴が上がった。
「ああ!どうしよう!」
(マリナ…)
彼女の声だ。
「どうした」
「あ、刹那!お、お帰りなさい」
キッチンに行くと、彼女は何だか泣きそうな顔をしていた。
よく見ると、手元には鉄板が。その上には焦げて見る影もなくなった物体が乗っている。
何かを作ろうとして、失敗してしまったらしい。
マリナらしくない。いつも、とても美味しいものばかり作ってくれるのに。
「焦がして、しまったのか」
「ええ、そうなの…」
彼女は悲しそうに言って、はぁと深い溜息を吐いた。
テーブルの上には、他にも沢山の食材が乗っている。
イチゴとか、他の果物とか、生クリームとか。
「今日、あなたの誕生日でしょ、刹那。だから、ケーキを焼こうと思ったのだけど」
「……誕生日」
「そうよ。四月七日でしょ」
「……」
刹那がこくんと頷くと、彼女はますます悲しそうに溜息を吐いた。
「せっかくの日なのに、本当に台無しね…。ごめんなさい、刹那」
「……そうでも、ない」
マリナの言葉に、刹那は首を横に振った。
お祝いしようとマリナが思ってくれただけで嬉しい。
もう、この前、あんなことを言った彼女ではないみたいだ。
気付いたら、刹那は笑顔を浮かべていた。
「とても、嬉しい」
「せ、刹那!!」
そのときのマリナの驚いた顔は、ちょっと凄かった。
そして、この上なく感激したような顔になって、嬉しそうに笑っていた。
多分、刹那が喜んだから、マリナも喜んでくれたんだと思う。何となく、そう思う。
「ケーキも、食べる。焦げたところを取れば、大丈夫だ」
「そ、そうかしら」
「ああ」
力強く頷くと、マリナはまた優しそうな顔で笑った。
彼女といると、昔のことを思い出す。
ずっと昔、こう言う気持ちになったことがあるような気がする。
温かくて、優しい気持ちだ。
もう忘れていたけど、マリナといると、そんな気持ちを思い出す。
でも、与えられるだけじゃない。
刹那は、自分も彼女を喜ばせてあげたいと思っていることにまだ気付いていないけれど。
この日は、何だかずっと忘れることが出来ないような、幸せな気持ちだった。
終
ケーキを焦がしたのは、シーリンに悩み相談してたから。
04.07