視線
頼りにしているとか、気さくで優しいからだとか。理由は色々あるけれど、気が付いたら彼が特別になっていた。
「刹那!ちゃんと時間通り来いよ」
「ティエリア、食事はもっと楽しくするもんだ」
「フェルト、ハロを頼んだぜ」
そんな感じで、よくよく皆に声を掛けている人だ。
そして、勿論その対象はアレルヤにも向く。
「お前、好き嫌いないのか」
食事中、刹那と入れ違いに食堂に来て、向かいに腰掛けたロックオンはすぐにそんなことを言って来た。視線の先には、綺麗に食べ終えたアレルヤの食器。先ほど、刹那と向かい合わせで食事していたときには、決して出て来ない会話だ。他愛もない会話だけど、アレルヤはロックオンとそんな話をするのが好きだった。
「ええ、ないですね。だいたい、残さず食べますけど」
「へぇ、そうか。まぁ、いいことだよな」
「そう、ですか…」
交わした会話はそれだけ。でも、何だか嬉しかった。
この人に、もっと見てもらいたい。彼はどうなんだろう。好きなものとか、嫌いなものとかあるんだろうか。ロックオンのことを、もっと知りたい。秘匿義務の枠から、外れない程度に…。
自分が今のところ知っていることと言えば、さっきも言ったように面倒見が良いこと。射撃の腕は一流、そして、とても綺麗な顔をしていること。
それから、皆に気を回し過ぎてやたらと忙しそうにしていること…だろうか。みんなの面倒を見ているうちに、自分が休む時間などなくなってしまうのだろう。心配して声を掛けると、大丈夫だって、俺を見くびるなよ、なんて言葉が返ってくる。取り付く島もないとは、このことだ。
じゃあ、どうすれば彼に近付けるだろう。まずは、せめて自分だけでも彼に手を焼かせないように、努力しよう。アレルヤはそう思って、出来るだけ何でも率先してやるようにした。
でも、それで安心だと思われたのか、彼は本当にアレルヤにあまり接してくれなくなった。
どうやら、失敗したらしい。受身でいるだけでは、彼の場合は駄目なのか。
「ぼくは…見事に失敗したよ、ハレルヤ」
もう一人の自分に鬱蒼とした声で話しかけても、返事はない。物凄く呆れたような溜息が一つ、聞こえただけだ。
でも、どうしたら良いのかなんて、アレルヤには本当に解からなかった。
すっかり困り果てていた、あるとき。
急に王留美から緊急通信が入った。突然、ミッションを行うと言う連絡だ。協調性のないマイスターたちは、休暇でもそうでなくても一緒に行動することは滅多にない。今、ロックオンの側に自分がいるのも、ただの偶然だ。
何はともあれ、通信を切ったロックオンに、アレルヤは急ぎ早に口を開いた。
「ティエリアには、ぼくから伝えます。あなたは刹那に連絡してあげて下さい」
「え、ああ…サンキュ…アレルヤ」
彼は少し驚いたような顔になったけれど、それからすぐにアレルヤに向けて笑顔を作った。
そして、無事ミッションが済んでトレミーに戻って来たときだったか。いつもは、お疲れさん、なんて言葉だけを残して行ってしまう彼が、不意にアレルヤの前で足を止め、優しい顔で笑った。
「アレルヤ、いつもお前がフォローしてくれて、助かるよ」
「え…?」
「あいつらは手が掛かり過ぎるからなぁ、お前がいてくれて良かった」
「ロックオン」
彼は、アレルヤのこともちゃんと見ていてくれたのだ。ロックオンに褒めて貰って、そのとき何だか胸の奥がくすぐったくなったような気がした。
ロックオン。彼のことが好きだ。
自覚したのは、至極当然のことだった。
それから、また暫く後、地上に降りたときだった。
いつものように、一通り刹那たちの世話を焼き、ハロを優しい手で撫でたロックオンが、その後、何かを忙しない視線で探しているのに気付いた。きょろきょろと泳ぐ視線。落ち着きない動き。
何だろう。そんなに一生懸命、何を探しているのか。
その視線が、じっと様子を伺っていたアレルヤの上に留まると、彼はパッと表情を輝かせた。
「アレルヤ!」
そして、自分の名前の形に動く唇。
「……!!」
カッと顔が紅潮するのが解かった。アレルヤのことを、探していたのだ。ロックオンが、この自分を。
どく、どく、と早まる鼓動に、アレルヤは眩暈を覚えた。
何も知らない彼が、少し浮き足立った様子で地面に腰を下ろした自分の方に進んで来る。
「はぁー疲れた」
そう言って、ロックオンは自分も腰を下ろすと、アレルヤの背に寄りかかってきた。物凄く自然に。
「ロ、ロックオン…」
「あ、悪い。重いか」
触れた温もりと重さに戸惑いの声を上げると、彼はすぐに身を起こしてしまった。
「あ、いえ、全然!」
離れてしまった温もりに、慌てて首を振る。
「どうぞ。スキンシップは、嫌いじゃないですから」
「そうか、じゃ、遠慮なく」
そう言って戻って来た彼の感触に安心して、アレルヤの胸の奥は熱く沸き立った。
どうしたら良いだろう。もっとだ。もっと触れて欲しい。彼の熱を感じたい。
ようやく一歩踏み込んだだけだ。
それなのに、浮かび上がる欲求と高揚感に追い立てられ、アレルヤは行動を起こした。
「ロックオン」
「ん……?」
声に反応して顔を上げたロックオンの頬を、そっと手の平で捉える。
顔を寄せ、唇に触れたのは、ほんの一瞬だった。
何が起きたのか解からなかったのか、彼からはすぐに反応がない。
でも、数秒経つとがばりと身を離し、口元を手の平で覆った。
「お、前…っ!!」
「すみません、何となく…したくなって」
「だからって、お前…!」
「嫌…だった…?」
「……」
縋るように尋ねたけれど、ロックオンは何も言わなかった。ただ、居心地が悪そうに目を伏せただけ。
でも、何も言わなくても解かる。嫌がってなんかいない。
それなら……。
自身を揺るがす衝動に従って、アレルヤは手を伸ばした。
俯いたままのロックオンの顎を捉え、こちらを向かせる。少しだけ紅潮した白い頬を指先でなぞる。
そうして、もう一度顔を寄せ、逃げない彼の唇を塞いだときには、頭の奥まで痺れたような気がした。
ロックオンが飲み込んだ吐息が、絡む熱い舌が、腕の中で強張る体が、彼の興奮を伝えてくれる。
触れていれば、何も言わなくていいのかも知れない。それなら、もっと早くこうすれば良かった。
そう思うと同時に、アレルヤは更に彼が欲しくなった。
意思表示をするように、抱いていた腰をぐっと側に寄せて、体を密着させる。
「アレ、ルヤ…っ」
欲望が触れ合う感触に、ロックオンが小さく息を詰める。
僅かに逃げるような仕草を見せる腰を抱き、動揺に揺れる目を視界に捕えながら、アレルヤは先ほどよりも深く彼の唇を塞いだ。
終