These Walls
あの人は、優しくて気さくで面倒見が良い。
人当たりも良くて、しょっちゅう余計とも言えるようなお節介を焼いてくる。
でも、それは、誰に対してもそうだ。
逆に言えば、そんな彼の特別になるのは、とても難しいことのように思える。
それに、こちらにはやたらと世話を焼いて来るくせに、自分の弱味などは見せようとしない。
上手く言えないけれど、まるで見えない壁があるみたいだ。
少し付き合いを深めると、何となくそう思うようになった。
勿論、過去を詮索し合わない関係である自分たちには、壁の一つや二つあって当然なのかも知れない。
アレルヤだって、全てを曝け出しているつもりは毛頭ない。
でも、ロックオン・ストラトスの場合は、寧ろもっと分厚い、防壁のような、と言って差し支えないかも知れない。
だから、好きだなんて告げても受け入れては貰えないのだと、何となく解ってはいた。
「ロックオン、ぼくは…」
「悪いが、それ以上は聞けない。アレルヤ」
「…そう言うと、思いましたよ」
予想通りの返答を耳にして、自嘲するように笑みを浮かべたアレルヤの顔を、ロックオンは真っ向から見詰めて来た。
「アレルヤ…」
正面から見据えて来る綺麗な色の目には、こちらが彼に対して抱いている強い感情など、微塵も見当たらない。
その目に映る自分が酷く儚く見えて、アレルヤはそっと視線をずらした。
「俺たちは、ソレスタルビーイングで、ガンダムマイスターで…それが全てだ」
「……」
「作戦行動や任務のことで、俺に何か出来ることがあるなら、何でもしてやりたい。けどな…」
「解かっていますよ、ロックオン」
今二人が立っている場所は、酷く脆くて不安定で、先に何があるのかも、よく見えない。
ロックオンの言う事は解かる。けれど……。
「解かっていますけど…諦められない」
「だったら、どうしたい?」
優しく諭すような、年下の自分に言い聞かせるような、彼の声。
この声は耳にする度アレルヤを安堵させ心地良さに酔わせ、同時に苛立ちも引き起こした。
いつまでも、世話を焼かれているのはご免だ。
「…抱きたい、あなたを」
単刀直入に言うと、一瞬だけ彼の目が酷く揺れたように見えたが、返って来たのは素っ気ない声だった。
「俺たちがそんなことをして、何になる」
体だけ重ねて、どうなる。
何の為にそんなことをするんだ。
そうやって言われることも、解かっていた。でも。
「解かっていますけど、止めたくない…」
言いながら、アレルヤはロックオンの腕を掴んで、側に引き寄せた。
「…どうしてもか?」
強く頷くと、彼の透き通る目に、何とも言えないような光が浮かんだ。
「なら、好きに…すればいい」
その言葉を彼が言い終えない内に、アレルヤは顔を寄せて、噛み付くように唇を塞いだ。
冷たい床に体を押し倒しても、ロックオンは一切抵抗を見せなかった。
どう言うつもりなのか解からないけれど、それはかえってアレルヤを苛立たせて、熱くさせた。
大人しく投げ出された手足に、もしかしたら、彼に受け入れられているのでは、と言う錯覚に陥る。
けれど、冷めた色の瞳に見詰められ、すぐに現実を叩き付けられて絶望的な気持ちになった。
それでも、捕えて強く床に押し付けた腕に、鼓動が沸き立つ。
彼を征服したいと言う思いは、もう歯止めが利かなくなっていた。
こんな風に誰かに対して思ったのは、初めてのことだった。
欲しくて堪らないものに直に触れる快感は、アレルヤの頭の中を強烈に支配した。
寝転んだ体の上に跨って、夢中で胸元を弄った。
衣服を掻き分けて直に肌の上に手の平を滑らせ、小さな突起を何度も繰り返し指先で弾くと、ぴく、と僅かに肢体が揺れた。
その反応に煽られるまま、勢いに任せてシャツを左右に裂くと、顕になった剥き出しの肌に、目の前が真っ赤になったような気がした。
「ロックオン…」
喉の奥に詰まった声は、自分のものではないように、酷く掠れていた。
ロックオン、この男が、そうさせている。
煽られるまま、直に胸元を辿るうち、無表情に見えた白い顔が薄っすらと上気して行く。
その様子に酷く興奮を覚え、アレルヤは乱暴に押し広げた二の足の奥に指を潜らせた。
「…ぁ、っ」
直後、初めて上がった彼の掠れた声に、理性も何もかもが完全に寸断されてしまった。
そこからはただ夢中で、アレルヤは何度も何度も無抵抗なロックオンの肢体を犯した。
「アレルヤ…、もう…よせ」
全てを暴くような行為を数回繰り返したところで、初めて抗議の声が上がったけれど、聞き入れる余裕などはなかった。
夢中で掻き抱いた為に、彼の秘部からは血が滲み、溢れ出た白い体液と交じり合って内股を細く伝っていた。
それでも、何故か気持ちが治まらない。
高揚し切った頭の中は幾度か絶頂を迎えただけでは冷めず、アレルヤは掴んだ腰を何度も上下に揺さぶって、奥まで突き上げた。
「…ん、ぁ…、アレル、ヤ…っ!」
恍惚と苦痛の交じり合った声が引っ切り無しに上がる中、どのくらい続けていたのか…。
「アレルヤ……」
不意に、酷く気だるい空気が広がる室内に、渇いた笑いのような呼び声が聞こえた。
「……?」
不審に思って目を向けると、いつにも増して優しい彼の双眸が、こちらをじっと見詰めていた。
「全く、無茶しやがって…。痛ぇ、だろうが」
「…ロックオン…」
「一度やりたいようにさせれば、諦めると思ったのにな…。本当に、お前ってヤツは…」
いつもと変わりのない軽口に、高揚していた頭の中に理性が戻って来る。
「すみません…。でも、ぼくはあなたが…」
「いいさ、別に。好きにしろと言ったのは、俺だ」
「……」
アレルヤが黙り込むと、組み敷かれたままの状態で、ロックオンは再び口を開いた。
「けどな、アレルヤ。お前のせいで、滅茶苦茶だ」
「何が、です…?」
眉を顰めて聞き返したけれど、彼はそれには答えず、代わりに深々と吐息を吐き出した。
「…俺だってな、怖いんだ。お前に溺れてしまったら、その分きっと、弱くなる」
「……?ロックオン?」
不可解な彼の言葉に、アレルヤは片方の目を大きく見開いた。
一体何を言われているのか、本当に理解出来ない。
息を飲むアレルヤにお構いなく、彼は更に続けた。
「だから、お前を受け入れる訳には、行かない…」
「それは…弱くなるから?」
「ああ…」
頷いたものの、彼の言葉には力がない。
よく解からないけれど、酷く揺れているような…。
アレルヤは知らず拳を強く握り締め、彼の心が動くようにと願いながら、口を開いた。
「でも、それだけじゃない。それが強さになることもある…」
「ああ、解ってる。まぁ…完全に拒否出来なかったところで、俺の負けだな」
「負けって、ロックオン…」
どう言う、意味だ?
彼の意図が掴めなくて、困惑したように目を見開く。
続く言葉を待って、急かすように視線を注ぐと、ロックオンはややしてゆっくりと唇を開いた。
「…俺も、好きだったってことだ、お前が…」
「……!」
「絶対、認めるはずないと思ってたのに…。お前のせい、だからな」
理性も何もかも、どうでもよくなってしまうほど。
だから、責任取れよ。
そう言って、ロックオンは今まで見たことのあるどんな表情よりも、一際優しくて綺麗な顔で笑った。
息を飲んでその光景に魅入りながら、アレルヤは彼の中で何かが音を立てて崩れるのを見たような気がした。
終