陶酔




「まだ起きていたんですか」

不意に背後から掛かった馴染みのある声に、ロックオンは振り向いて翠の目を向けた。

「アレルヤ…」

名前を呼ぶと、彼はスイッチを押してライトを付けた。

「何をしていたんですか?明かりも点けないで」
「お前こそ、こんな時間にどうした?」
「あなたの話をしているんですよ、ロックオン」

少し困ったように笑い掛けられて、ロックオンは溜息を漏らしながら頬杖を突いた。
別に、何かあった訳ではない。
ただ、喉の渇きでも潤そうかと食堂に来て座り込んでいるうちに、色々なことを考え始めて、時間が過ぎてしまっただけだ。
ロックオンが返答しないでいると、ぎし、と音を立てて向かいの椅子を引き、アレルヤはそこに腰を下ろした。

「何か気になることでも?」
「ああ、いや。そう言う訳じゃない…」

口に出して言うほどのことではない。
顔を上げて否定の言葉を吐くと、アレルヤは手にしていた酒瓶を目の前に翳してみせた。

「難しいことを考えているのでなければ、飲みませんか」
「どうしたんだ、お前。それ」
「スメラギさんに分けて貰ったんですよ。二十歳になったお祝いです」
「へぇ、そうか」

そう言えば、そんなことを言っていたような。
こんな生活をしていれば、満足にお祝いも出来ない。
けれど、誕生日くらいは…。
そう思って、ロックオンは酒瓶を受け取って、笑顔を作った。

「じゃあ、飲もうか。遅いけど、お前の誕生祝ってことで」
「ありがとうございます、ロックオン」

意外な言葉に、少し嬉しそうに輝いた片方の目を見詰めて、ロックオンは酒をグラスに注いだ。



それから、お互いのグラスを軽く合わせたのを皮切りに、どの位一緒に飲んだだろう。
流石に、ミス・スメラギから貰った酒だけに、かなりきつい。
アレルヤはまだ強い酒が苦手だと言ってあまり口を付けなかったので、殆どロックオンが飲み干した。
喉の奥が焼け付くように熱くなるのを感じながら、ロックオンは程好く回った酔いに身を委ねていた。
あまり、これと言って会話はない。
元々アレルヤは寡黙な方だし、自分も気分が沈んでいたから、いつものように軽口を叩く気分にもならない。
けれど、不思議と居心地の悪さは感じなかった。

でも、夜中を回ってもそのままそこにいるアレルヤに、流石に気兼ねして、ロックオンは顔を上げた。

「アレルヤ。お前はもう休め。明日も早いだろう?」
「別に、構いませんよ。付き合います」
「だが…」
「酒に飽きたなら、何か入れますよ」
「いや、いい。自分で…」

そう言いながら立ち上がったロックオンは、次の瞬間ぐらりとよろめいてしまった。

「飲み過ぎですよ!ロックオン!」

倒れ掛けた体を、咄嗟に立ち上がったアレルヤが支える。
背後から彼の腕に抱きとめられて、ロックオンは軽く安堵の息を吐き出した。

「危なっかしいですね、あなたは」
「悪いな、アレルヤ」

そのまま、彼の腕から逃れようとしたロックオンは、逆に力を込めて腕の中に引き寄せられた。

「アレルヤ…、んっ…!」

背後から顎を掴まれて後ろに引かれ、強引に口付けられる。
言葉が途切れて、短く息を飲んだ。

「…っ、ぅ?!」

何が起きているのか、頭では解かっているのに、体が動かない。
元より、ロックオンの体を抱き抱えるアレルヤの二の腕には驚くほど強い力が込められていて、多少のことではびくともしなかっただろうけど。

少しの間、唇を甘く噛むような、戯れのようなキスを交わして、アレルヤはゆっくりと唇を離した。

「言ったでしょう?眠れないなら、付き合いますと」
「…アレルヤ」

彼の言う意味が解かって、小さく息を飲む。

「不満ですか?それなら、止めますけど」

どこか挑発するような物言いに、固まったように動きを止めていたロックオンは、体の緊張を解き、ゆっくりと首を横に振った。



「悪いな、何だか。他のヤツらに…」
「何がです?」
「何か、仲間外れみたいだろ」

言いながら、自分でも可笑しなことを、と思う。
ロックオンの部屋に来て、二人でベッドの上に寝転んで、何だか気分が高揚し過ぎているのかも知れない。
案の定、こちらの発言にアレルヤは少し微妙な笑みを浮かべた。

「なら、呼びますか?彼らを」
「んっ……」

耳朶を甘く噛まれて、ロックオンは小さく声を上げた。
後ろから圧し掛かったアレルヤが、耳元に吐息を吹き込むようにして囁く。

「まぁ、あまり気は進まないですけど。あなたのこんな姿を見られるのは、面白いものじゃない」
「…っ、よく、言う」

肌の上を這う指先のせいで、言葉が途切れる。
体の芯が疼いて、ロックオンは大きく息を吐き出した。

「力を、抜いて下さい」
「ん、…くっ!」

呟くような声がするのと同時に、熱い指先が奥へと侵入して来た。



「もう、いい。アレルヤ、もう…」

しつこいほど中を掻き混ぜられ、広げられ、疼く快感ともどかしさに耐え切れなくて声を上げると、アレルヤの吐息のような声が降って来た。

「駄目ですよ、ちゃんと、丁寧にしないと…」
「んっ、…っ!」

再び、指を中で回すように動かされ、走り抜けた痺れにロックオンはびく、と四肢を引き攣らせた。
二人とも、吐き出す息はとっくに乱れて、体温も上がっている。
アレルヤだって、いつまでも堪えていられないはずだ。

「く……っ」

そう思った途端、指先が引き抜かれ、続いて押し当てられたものに、無意識に体が強張った。

「あ、…ぅっ!」

次の瞬間、躊躇の欠片もなく奥まで押し込まれ、ロックオンは掠れた悲鳴を上げた。
アレルヤの侵入している場所も、圧し掛かっている部分も、全て熱い。
熱過ぎて、どうにかなってしまいそうだった。
アレルヤが背後から屈んで、長めの髪の毛を掻き分けて、首の後ろに歯を立てる。

「んっ、ぁ、…は」

そんな仕草にすらぞく、と背筋が痺れ、ロックオンは無意識に中のアレルヤを締め付けた。

「んっ、ンっ、…ぅ」

苦しそうな、けれど甘さを含んだ声が勝手に漏れる。
微かなその声に煽られたように、アレルヤは突き上げる速度を早くした。



目が覚めたとき、既にアレルヤの姿はなかった。
いつの間にか眠ってしまって、その間に帰ってしまったのだろう。
先ほどまでのことが何だか信じられなくて、ロックオンはがしがしと髪の毛を掻き混ぜた。

(欲求不満か、俺…?)

さっきのは、現実だったのか?
一瞬そんなことを考えたけれど。
すぐに、無造作にテーブルの上に置かれた酒の瓶を見つけた。
食堂から移動するときに持って来たのだ。もう殆ど残っていない。
何だか、アレルヤが自分の存在を示すように、その場に置いて行ったような気がして、ロックオンは手を伸ばしてそれを掴んだ。
逆さにすると、僅かに残っていた酒の雫が、喉の奥へと流れ込んで来る。

(アレルヤ…)

彼の名をそっと呼ぶと、残り火のように巣食った熱が、再びじわじわと体内で疼くような気がした。