地上に降りての休暇中。大人組みだけで集まって飲み始めてから、もう大分時間が過ぎた。クリスティナとリヒティは何だかんだ理由をつけてさっさと帰ってしまった。
ロックオンもここへ来てからあまり酒は飲まなくなったから、彼らと一緒に帰っても良かったのだけど。そうも行かない理由があった。
もう毎度のことだけど。やたらとミス・スメラギに絡まられて飲まされるアレルヤを助けるのが、既に自分の役目みたいになっているからだ。
そして、それは今回も例外ではなかったようだ。暫くは何事もなかったように飲んでいただけだったのだけど。二時間も経つ頃には、アレルヤはすっかり酔い潰れてしまった。それに、普段どんなに飲んでもあまり酔わないスメラギも、介抱してくれる人がいると甘えてしまうのか、すっかり酔いが回っている。更には、急に暑いと言って衣服を緩め始めた彼女を、ロックオンは慌てて制止した。前にもこんなことがあって、色々大変だったのだ。

「ミス・スメラギ。今日はもうお開きだ。部屋まで送るから、アレルヤは少しそこで待ってろ」

そう言って、スメラギを部屋まで送って戻って来ると、アレルヤは椅子の上にくたりと力が抜けたように横になっていた。

「立てるか、アレルヤ」
「ロックオン…」

焦点の合わない視線を向けるアレルヤの腕を掴んで、ロックオンは強引に立ち上がらせた。



「全く毎回毎回。お前もちょっとは気を付けろよ」
「うん、…ごめん」
「まぁ、お前のせいじゃないけどな。ミス・スメラギも酒癖が悪くなけりゃいいんだけどな」
「そう、だね」

幾つか言葉を掛けても、アレルヤからはあまりぱっとした反応がない。彼も相当酔っているようだ。
なるべく揺らさないように部屋まで運んでベッドに寝かせると、ロックオンは彼の具合を伺うように顔を覗き込んだ。

「大丈夫か、アレルヤ」
「ええ、大丈夫です」

呂律が回らないながらも、ちゃんと返って来た返事にホッとする。

「じゃあ、俺はこれで」
「あ、待って、ロックオン」
「うわっ!?」

立ち上がった途端、ぐっと強く腕を掴まれて、ロックオンはバランスを崩した。ドスンとベッドに尻餅をついて、アレルヤに顔を向けると、彼は少し潤んだ目でじっとこちらを見ていた。

「もう少し、ここにいて下さい」
「…アレルヤ」

子供が縋り付くような視線を真っ向から受けて、ロックオンは彼の腕を振り解くことが出来なくなってしまった。

「仕方ないな、もう少しだけだぜ」

俺だって酔ってるし、早く寝たいんだ。
そう言うと、アレルヤはこくんと頷いて、何だか嬉しそうな顔になった。

そのまま、大して会話も弾むことなく、何となくベッドの上に寝転ぶこと数分。
ついうとうとしていたロックオンは、何だか違和感を覚えてばちりと目を開けた。

「アレルヤ?」
「なに、ロックオン」

すぐにいつもと変わらない彼の返答が返って来たけれど、今は普通に会話している場合じゃない。

「て、アレルヤ、お前、何してんだ」
「いえ、別に。気にしないで」

言いながら、彼はロックオンの身に付けているベストを引っ張って、白い二の腕からその袖口をするりと引き抜いた。

「気にしないでって、俺の服だぞ、返せ」

抗議の言葉も無視して、今度はアレルヤの手がシャツに掛かり、ロックオンは止めさせるより何より、ただぽかんとしてしまった。その隙に、ぐい、とシャツの裾が掴まれる。

「おい、アレルヤ!」

伸びた布地に文句を言おうとした直後。徐にそのシャツが上へと持ち上げられ、ロックオンの両腕も持ち上がる形になった。あっと言う間に首筋をシャツが通り過ぎて、ついさっきまで身に着けていたはずのものが側に放られる。

(は……?)

ロックオンの頭の中には一瞬盛大な疑問符が浮かび上がった。
けれど、のんびりと疑問の答えを追求している時間はなかった。アレルヤの指先はロックオンのベルトにまで掛かり、カチャカチャと音を立ててそれを外し始めたのだ。
ここまで来たら、流石に彼が何をしているのか、はっきりと解かる。何だか知らないが、脱がされそうになっている。しかも、何故かアレルヤに。

「こら、止めろ!何で俺の服を!」

ムキになって怒鳴りながら彼の手を腰から引き剥がしたけれど、彼は別段動じた素振りもなく、きょとんとしたように首を横にかしげた。

「さぁ、何でかな」
「な、何でかなって、そりゃ、こっちの台詞で、こ、こら、お前っ」
「ロックオン、色白いですね」
「……っ!」

こちらの抗議など完璧に無視して、アレルヤは珍しいものでも見るように、ロックオンの肌の上を手の平でゆっくりと撫でた。妙な意図はないのだろうけど、探るような動きにぞくりと肌の上が粟立つ。

「な、何言ってんだ、いい加減止めろ」

無理矢理手を引き剥がして怒鳴ると、彼は残念そうに溜息を吐いた後、少し考え込むような素振りを見せた。
そして、次の瞬間には何か閃いたと言うようにパッと顔が輝く。

「じゃあ、代わりにぼくが脱ぐよ」
「……」

何を言ってるんだ、こいつは。
胸中で突っ込んだところで、状況が変わる訳じゃない。ロックオンは慌ててシャツを脱ごうとしていたアレルヤの手を捕まえた。

「い、いや、それもいい」
「じゃあ、やっぱり、ロックオンが…」

行動を阻止された彼は、問答無用でまたロックオンのベルトに手を掛ける。

「こら、お、お前!それも駄目だ!」
「じゃ、ロックオン自分で脱いでよ」
「な、何で…んなことしなきゃ…。とにかく、一回服を脱ぐことから離れろ!」
「解かったよ、ロックオン…」

アレルヤが言い終えるか終えないかの内に、腕がぐっと強く引かれて、ロックオンはバランスを崩した。引かれるままアレルヤに向かって倒れ込み、ハッとしたように目を見開いた直後。口元に強く触れたのは、生温く柔らかい感触だった。

「んん…っ、んぅ?!」

咄嗟に、物凄く間抜けな声が出た。
塞がれた唇からは、くぐもった声しかでない。

「……っっ!!」

翠の双眸を幾度か瞬かせて、目の前の状況を確認すると、ロックオンは思わず呼吸が止まりそうになった。強く押し付けられているのは、間違いない、彼の唇だ。
服を脱ぐことを断念した彼が、何故次にこんな行動に出たのか、解かるはずもない。

「んっ、アレ、ルヤ!」

何とかもがこうとしたけれど、物凄い強い力で抑え込まれてしまった。
それに、キスだけなら、まぁ、服を脱ぐよりはいいかもしれない。頭のどこかで、まだそんな甘い考えもあった。
けれど、どれだけ待っても、アレルヤのキスは止まらない。一向にロックオンの体を解放しようとせず、それどころか自分の腕の中に捕まえて、深く強く貪って来る。舌先がぐっと中へ潜り込んで来て、唇は強く吸われて、思わずぞくりと背筋に痺れが走る。こんなに濃厚で熱いキスは、もう暫く交わしていなかったから、無理もない。
それに、彼の呼吸もぴたりと密着した心臓の音も少しずつ早まってきて、ロックオンは慌てた。
まずい。これはまずい。
だいたい、相手はアレルヤだ。
彼相手に、ぞくぞくしたりしてどうする。

(この、酔っ払い!)

胸中で彼を密かに叱咤すると、ロックオンは必死に腕を上げてもがいた。

「ア、レルヤっ、んっ!ちょっと、落ち着け、離せ」

何とか顔を逸らして声を荒げると、ロックオンは彼の腕の中から逃れた。けれど、それはほんの一瞬のことで、すぐにまた腕が引かれて、今度は背中にマットの感触がした。見開いた両目には、白い天井が移っている。
何が起きたのか。一度目を瞬かせる間に、白かった視界はアレルヤでいっぱいになった。

「ロックオン」
「……!」

ぐっと、動きを封じるように上に圧し掛かられて、ぎくりと身を硬くする。しかも、先ほどの彼の呼び声には、何と言うか、妙な熱っぽさが含まれていて。

(ま、まずい)

ひしひしと感じるる嫌な予感にロックオンは白い喉をごくりと上下させた。でも、何故かそれ以上抵抗する力は浮かび上がらず、ゆっくりと伸ばされた指先に、ただ緊張するように四肢を強張らせた。



「ア、レルヤっ、っ…つ、う!」

アレルヤの動きは容赦なかった。衣服を全部取り去ると、体中を愛撫し撒くって、侵入して来た後は容赦なく腰が揺さ振られている。ベッドにうつ伏せに転がされて、腰だけ彼に抱き上げられた信じられない格好に、今にも卒倒しそうだったけれど、彼は解放する気は少しもないらしい。きつく掴まれた腰はロックオンが力なくベッドに突っ伏しても、そのままだった。

「いっ、あ…ッ、す、少し、加減…を」

加減してくれと、そう懇願しているのに、一切聞き入れてくれない。多分、酔っているから余計だろう。普段のアレルヤなら、きっとこんな抱き方はしない。
いや、そもそも、何で自分と。
色々な疑問が頭の中を掠めたけれど、じっくりと考え込んでいる暇はない。

「う、あぁ…っ!」

敏感な場所を突き上げて抉られて、ロックオンはびくりと四肢を引き攣らせた。

「ん…っ、んっ」

しかも、脇腹を伝って上がって来たアレルヤの指先が、胸元の突起をきつく捻り上げ、体中に痺れが走る。身を捩ろうとしても下肢を貫かれた状態ではどうしようもない。
先に達してしまった後も、勿論行為は続いて、結局はアレルヤが満足するまで散々翻弄されてしまった。

ようやく、ゆっくりとアレルヤのものが出て行く頃には、中へと吐き出された白い液体が溢れて内股を伝っていた。

「はァ、は…、ぁ」

(もう、駄目だ)

強烈な疲労感と眠気に引き摺られるまま、解放されると同時にロックオンは糸が切れたように意識を手放した。



数時間後。
目覚めても、酷い気だるさは変わっていなかった。

「うっ、い、てぇ」

身じろいだ途端鈍い痛みが下肢に走って、ロックオンは眉目を寄せた。やがて、物音と呻きに気付いたのか、隣でアレルヤが身動きする気配がした。ゆっくりと身を起こした彼は、こちらとは対照的にやたらと爽やかだ。

「あれ、ロックオン?なんで、ぼくの部屋に?」
「……」

その上、そんな台詞を吐かれて、ロックオンはがくりと肩を落としたくなった。記憶が飛んでいるかも知れないと、ある程度予想はしていたけど、こう来るか。

「う、い、…っ、覚えてねぇのかよ、お前」

向き直ったときにまた腰に痛みが走って思わず小さく呻くと、アレルヤは心配そうに片方の目を見開いた。

「なに?何かあった?」
「何かっつーか、まぁ、その…」
「だいたい、どうしてぼくもロックオンも服着てないんだろう」
「だからそれは…」
「ま、まさか、ハレルヤが何か…」
「い、いや!そうじゃねぇんだけど…」

青褪めるアレルヤにロックオンは言い辛そうに説明を始めた。
上手く誤魔化して逃げることも出来るけれど、こっちの方がてっとり早い。それに、酔っ払っての行動だし、少しは多めに見てやるつもりだった。

「とにかく、もう二度とないってと誓うなら、忘れてやる」

だから、百歩くらい譲ってそんなことを言ったのに。アレルヤは何だか悲しそうな顔をした後、ふるふると首を横に振った。

「それは、困るよ」
「あ?」
「なかったことにされたら、困るから」

返って来た台詞が予想もしていなかった内容だったので、一瞬言葉を失ってしまった。
優しいアレルヤのことだ。責任やら罪悪感などを深く抱いてしまったんだろうか。そう思い直して、ロックオンはわざと軽い調子で声を上げた。

「アレルヤ、責任なんて感じることないぜ。俺のことは気にするな。別に、女性って訳じゃないし」
「いえ、そうじゃなくて」
「……?」

何だか妙に悟ったような声に、反応して目を上げた途端。
アレルヤがぎゅっとロックオンの手を握って、それからそっと顔を寄せて来た。突然のことに動けないまま、唇に軽くアレルヤの唇の感触がする。

「あ…、え…?」

何で、また改めて。
柔らかい感触はすぐに離れたけれど、咄嗟に反応が返せない。まじまじと顔を見つめると、アレルヤは照れたように頬を赤く染めた。

「ぼくはずっと、あなたにこうしたいと思っていたから」
「……え」
「だから、忘れるなんて言わないで下さい」
「え、あ、アレルヤ?」

完全に意表を突かれてしまった。
でも。確かに、彼は何度も言っていた。ロックオン、と。酔って、見境なくなった訳ではなかったのか。
けれど、いきなりそんなことを言われても。

「アレルヤ、俺は…」
「とにかく、早くシャワーでも浴びて服を着て下さい」
「いや、それより話が…」
「いつまでもそのままだと、また襲っちゃいますよ」
「……っ!」

恥ずかしそうに微笑んでいるのに言っている内容はロックオンを青褪めさせるのに十分だった。

「先に浴びて来て良いですよ」
「ああ、わ、解かった」

慌てて散らばった衣服を纏めて掴み上げると、痛む体を引き摺ってバスルームへと向かった。

何だか、とんでもないことになってしまった。しかも、嫌だとか面倒なことになったとか、そうは考えていない自分がいる。

「はぁー…………」

何だってこんなことになったんだ。
全ては、スメラギの酒癖のせいか。いや、自分に隙があったのか。
色々な考えが頭の中に浮かんだけれど。

―ぼくはずっと、あなたにこうしたいと思っていたから。

「…………」

先ほどのアレルヤの言葉に全て打ち消されてしまって、ロックオンは濡れた髪の毛をぐしゃぐしゃに掻き混ぜるしかなかった。