浴室
その日の午後。
ロックオンは買出しの為にアレルヤと二人で街へ出て、それぞれ別れて買い物を始めた。
あの戦術予報士に頼まれた酒は膨大な量で、何度か往復しているうちにとっくに日は暮れてしまった。
アレルヤはアレルヤで、クリスティナにでも頼まれたのか、色々と買わなくてはいけないものがあると言っていた。
とにかく、ようやく買い物を終えて荷物を車に積み込むと、ロックオンは通信機を取り出した。
「アレルヤ、こっちは終った。まだ掛かりそうか?」
『ぼくももうすぐです。すぐ向かいます』
「解かった。待ってる」
2、3会話を交わして通信を切ると、ロックオンは待ち合わせをしていた場所へと足を進めた。
数分歩くと目当ての場所に着いたけれど、まだアレルヤの姿はない。
でも、もう少しすれば来るだろう。
仕方なく、側にあった街灯に寄り掛かって腕組みをした、途端。
不意に不躾な様子で肩に手が置かれ、続いて馴れ馴れしそうな男の声がした。
「あんた、一人?」
「……は?」
振り向くまでもない。
明らかに、アレルヤではない。
ロックオンは面倒臭そうに眉を顰めた。
何となく、心当たりはある。
こう言う風に声を掛けられるのは、初めてではなかった。
「悪いけど、人を待ってんだ。他を…」
他を当たってくれ。
そう言い掛けた言葉は、突然強く体を引かれたせいで、最後まで口にすることが出来なかった。
相手の男がロックオンの腕を掴んで、有無を言わさず引き摺る。
「お、おい!ちょっと待て!」
酒の匂いが鼻先を掠め、相手がかなり酔っているのが解かった。
(何だよ、まだ日も暮れてないってのに…。ミス・スメラギより性質が悪いな)
ずるずると人気のない場所へと引き摺られて、ロックオンは慌てて腕を払った。
「おい、離せ!」
「いいから、付き合ってくれよ」
「……!」
けれど、相手はなかなかしつこかった。
今度は反対の手に腕を回されて、またしても強く引かれる。
(何なんだ、全く)
殴り倒そうか。いやでも、目立つとまずいことになる。
いっそのこと、もっと人気のないところに行って、そこでのしてやろう。
そう思って、ロックオンは大人しく相手に引き摺られるままになった。
やがて、狭い路地のような場所に押し込まれて、壁に押し付けられる。
男はロックオンの髪の毛を掻き分け、首筋に顔を寄せた。
生温い感触が肌を掠めて、思わず肌が嫌な感じに粟立つ。
だが、今この男は油断し切っている。そろそろ、良いだろうか。
と言うか、これ以上進められると厄介なことになる。
一発お見舞いして、眠って貰おう。
悪いとは思いつつも、そっと拳を握り締めた、その時。
正反対の方向から何かが飛んで来て、ドンと言う音と共に目の前の男の体が吹っ飛んだ。
「……え?」
何が起きたのか確認する間も無く、またしても強い力に腕を捕えられる。
そして、耳に馴染んだ人物の声がした。
「何をしているんですか!逃げますよ!」
「ア、アレルヤ!?」
いつの間に…。
呆気に取られたままのロックオンを尻目に、アレルヤは腕を引いたまま思い切り走り出した。
「お、おい!手、離せ!自分で歩ける!」
道行く人の視線を嫌でも集めてしまい、ロックオンは焦って声を上げたけれど、アレルヤは聞き入れなかった。
何も言わないはずの彼の背中からは、何だか怒りのようなものすら感じる。
(これは……)
怒ってるな、相当…。
こうなったら、仕方ない。彼の気の済むようにさせよう。
アレルヤに聞こえないように、ロックオンは小さく溜息を漏らした。
暫く走ると、アレルヤは一番最初に通り掛かったホテルにロックオンを引き摺り込んだ。
淡々とチェックインの手続きを済ませてエレベーターに乗って、問答無用で部屋に押し込まれる。
どこまで引き摺られるのかと思っていたら、バスルームにまで連れて行かれた。
「お前!せめて、服くらい、…っ!」
焦って声を上げたけれど、もう遅い。
抗う間も無く、アレルヤがシャワーのコックを捻り、思い切り冷水を浴びせられてしまった。
「よ、よせ…っ!冷たいだろ!」
頭から冷たい水が降り注ぎ衣服の中まで濡らして、ロックオンは引き攣った声を上げた。
「アレルヤ!」
もがこうとすると、強引に浴室の壁に押さえ付けられる。
普段穏やかなはずの目には、静かな怒りの色がくっきりと浮かび上がっていて、彼が珍しく激高しているのがよく解かった。
けれど、言い訳くらい、させて欲しい。いや、せめて、謝らせて欲しい。
そう思っているのに、アレルヤはそれを許さない。
きつく壁に押し付けたまま、ロックオンの長い両足を割り、その間に体を押し込む。
「アレルヤ…っ」
呼び声にも応えず、彼はロックオンの首筋に顔を埋め、そこに唇を寄せた。
あの男が触れた場所にアレルヤの唇が吸い付くように触れる。
「…んっ」
未だ降り掛かる冷たい水とは裏腹に、首筋に触れる唇が熱くて、ロックオンはびく、と身を震わせた。
「アレルヤ」
抗議するように声を上げたけれど、やはり反応はない。
そのまま、長いような短いような無言の時間が過ぎて。
諦めたロックオンが体の力を抜くと、アレルヤの手がゆっくりと衣服の上から胸元を辿りだした。
やがて、少しずつ衣服が捲り上げられ、下衣までもが緩められて、白い肌がアレルヤの目下に晒される。
そうして、ようやく小さな声が耳元を掠めた。
「ロックオン、あなたは…」
「……?」
水音に混じってよく聞き取れなくて、彼の口元に耳を寄せる。
「あなたは、ぼくのものだ」
「……っ!」
途端、ぐい、と指先が奥へ潜り込み、小さく声が上がった。
内股を伝う水滴を利用して、彼の指は更に奥へと進んで行く。
「ぅ、…あ…」
下肢に走る痛みに身を震わせながら、ロックオンは短く息を吐いて呼吸を整えた。
「ロックオン…」
そして、返事を急かすように上がった呼び声に応える為、ゆっくりと唇を開く。
「ああ、そうだ。アレルヤ」
言いながら、腕を持ち上げて、そっとアレルヤの後頭部を手の平で抱え込む。
「お前のものだ。だから、大丈夫だ。落ち着け」
「ロックオン…」
なだめるように囁くと、ようやく安堵したのか、アレルヤはいつものように穏やかな声で名前を呼んだ。
荒っぽかった指先の動きが丁寧なものに変わって、じわりと疼く痺れに短く息を飲み込む。
(後で連絡入れれば、いいか…)
胸中で呟きを漏らすと、ロックオンはもう片方の手も持ち上げて、そっとアレルヤの背中に回した。
上から降り注いでいた冷たい水は、とっくに熱い湯に変わっていた。
体を温め合いながらぴったりと隙間なく体を寄せ、濡れた衣服を掻き分けてお互いの肌に触れる。
湯気が立ち込めて視界を白く塞ぐ浴室の中で、二人は暫くの間そうしていた。
終