夜
「で…?何だってんだ」
ぎら、と暗闇で輝く金色の目。
こちらを睨み付ける鋭い眼差しを見下ろして、アレルヤはゆっくりと吐息を吐き出した。
「だから…ぼくは眠れないんだよ、ハレルヤ」
「だから…ってな!理由になってねぇよ!何で俺んとこに来やがんだ」
「そんな…。冷たいこと言わないでよ」
ベッドの上で体の下に組み敷いたハレルヤが、物凄く理不尽だと言うように文句を捲くし立てる。
聞き分けのない片割れの様子に、困ったような笑みを浮かべると、彼の顔がこれ以上ないほど不機嫌に歪んだ。
「それに、何なんだよ、この状況は!」
「ご、ごめん」
思い切り声を荒げられて、アレルヤは慌てて謝罪の言葉を述べた。
時刻は夜中。
いつもなら、二人ともぐっすりと眠りに就いている時間だ。
でも、今日に限っては何だか目が冴えて眠れてなくて、しかも悪い癖で色々と物思いに耽っているうちに、憂鬱な気分に浸ってどうしようもなくなってしまった。
一人で暗い部屋にいるのが偲びなくなると同時に、ハレルヤの体温が猛烈に恋しくなり、アレルヤは行動を起こした。
それから数分後。
今の状況に至っている。
こちらを見上げるハレルヤの目は、未だ殺気立っていると言って良いくらい、粗野に見える。
寝起きは機嫌が悪いハレルヤだけど、今日は格別だ。
まぁ、それもそうだろう。
逃げられることは解かっていたので、先手必勝とばかりに眠っているハレルヤの上に馬乗りになって、ついでに手もベッドの柄に括りつけておいた。
ハレルヤに本気で暴れられると、いくらアレルヤでも手に負えないから。
当然、目を覚ました彼は物凄く怒り出した訳なのだけど。
でも、もう慣れているから怖くないし、ここから退くつもりは毛頭ない。
それに、アレルヤにはハレルヤ以外頼れる人がいないのだから、仕方ないのだ。
「少し運動でもすれば眠れると思って。駄目かな」
「駄目に決まってんだろうが!とっとと外にでも出て、一人で走って来いよ」
「そんなの、嫌だよ。ハレルヤがいないと意味ないし」
「知るかよ、そんなん!とにかく今すぐ退け!!」
「酷いよ、ハレルヤ」
「何が酷いだ!!」
怒り心頭と言ったようにじたばたと暴れるハレルヤの四肢を完璧に押さえ込んで、アレルヤはぐっと彼に体重を乗せた。耳元に唇を寄せて、優しい声を発する。
「照れなくてもいいじゃないか」
「だ、誰が照れるか!嫌がってんのを察しろ!」
「ハレルヤ…」
「解かったら、さっさと解けよ!!」
又しても冷たく一喝されてしまい、アレルヤはぐっと言葉を飲み込んだ。
「そこまで、言うのかい」
「……?」
いきなりすうっと笑顔の消えた自分に気付いて、ハレルヤが怪訝な表情を浮かべるのを視界の隅で確認すると、アレルヤはゆっくりとベッドから降りた。
そして、いつもよりトーンの低い声を溜息混じりに吐き出す。
「解かった。じゃあ、部屋に戻るよ」
「あ…?」
「邪魔して…悪かったね、ハレルヤ」
静かな声で告げ、そのまま扉へと足を進めると、ハレルヤがぎょっとしたように身を引き攣らせた。
「お、おい!アレルヤ!」
「……何だい?」
「何って、手!手ぇ解いてけ!」
未だにベッドに縛り付けられた腕を力の限り揺らして、ハレルヤは声を荒げた。
柄が軋んで、嫌な音を立てるのに、アレルヤは銀色の冷たい眼差しを向けた。
「出来ないね、それは。ハレルヤだって、ぼくの言うこと聞いてくれなかったんだから、これでおあいこだよ」
「……っ!アレルヤ…てめっ!」
あまりに理不尽な理屈に、ハレルヤが怒号を吐く。
けれど、その表情に焦りの色が滲んでいるのを見て取ると、アレルヤはふっと口元を緩めた。
「じゃ、お休み…」
「待てよ!解かった、解かったよ!」
直後、ヤケになったような言葉が聞こえて、くるりと振り向く。
「本当に?」
目を輝かせて聞き返すと、ハレルヤは不貞腐れたようにそっぽを向いた。
「仕方ねぇだろ、ったく!」
「ありがとう、ハレルヤ」
心底嬉しそうに笑みを浮かべると、アレルヤは再びゆっくりとベッドに上がり、彼の上に身を寄せた。
「ハレルヤ…」
耳元に熱っぽい声で囁くと、ゆっくりと彼の衣服をはだけ、肌の上に手の平を這わせる。
応えの代わりに、ハレルヤはハァと、深い溜息を吐いた。
けれどその吐息に、ゆっくりと撫で回す手の平の動きの中に感じ取った甘さが混じっている。
それに気付くと、アレルヤは口元を綻ばせた。
「やっぱり、きみは結局…ぼくに優しいよね」
「……ふん」
まだ怒っているのか。拗ねたように吐き捨てると、ハレルヤはもう一度溜息を吐き、それから今度は真っ向からアレルヤを見詰めて来た。
そして浮かべた不適な笑みは、もういつも通りの彼のものだった。
「後で、覚えてやがれよ」
「ああ、覚悟しておくよ」
悪びれもせずに頷くと、アレルヤは顔を寄せ、ゆっくりとハレルヤの唇を塞いだ。
終
05.20