coexistence
圧し掛かって来た体が、見慣れた容を成していたからか、馴染んだ体温だったからか、油断した自分も悪い。
けれど、一体どう言う思惑なのか。自分をベッドの上に押さえ付けて口元を歪めた男を見上げ、ロックオンは眉を顰めた。
「おいおい、何て顔だよ?もっと歓迎しろとは言わねぇが…」
即座に降って来る、からかうような言葉は、いつもその唇から発せられるものとはあまりに違う。
けれど、混乱する頭の中で一つだけ思い当たることがあった。
「お前は…ハレルヤか?」
確信はなかった。でも、それしか考えられない。
もう一人の名前を口にすると、彼はどこか嬉しそうに目を輝かせた。
「ああ、そうだぜ。ロックオン」
「……」
やはりか。アレルヤと違う、金色の目。いつも隠れていて見えない、もう一つの。
でも、その彼が何故こんなことを?
露骨に無下にすることは出来ず、ロックオンは次の行動を待った。
「て訳で、今はアレルヤも大人しくしてることだし」
「……?」
「楽しもうぜ、ロックオン」
けれど、そんな言葉と共に徐に衣服を捲り上げられ、ぎょっとしたように身を捩る。
「お、おい!な、何言って…」
「じっとしてろよ」
「ハレルヤ!」
逞しい肢体を押し返そうと持ち上げた腕は即座に捕まれ、ベッドに沈む。
不躾な手が肌の上を這い回る感触に、ざわりと肌が粟立った。
アレルヤのものなのに、そうではない仕草。
全く別の人間に組み敷かれていると言う感覚が拭えない。
「おい、よせ!ハレルヤ」
「黙ってろって…。いつも見てたんだよ、お前のこと」
「な、に…?」
それなのに、優しげな声色で耳元に囁かれ、アレルヤにそうされるのと同じようにぞく、と痺れが走る。
抵抗が弱まるのを見て取り、ハレルヤは耳朶に甘く噛み付いた。
熱く濡れた舌先がその上を這い回り、聴覚を刺激する。
「いつもいつも、アレルヤのヤツがしてるみたいにさ…滅茶苦茶にしてやりたいってな」
「なっ…!」
無粋な台詞に、頬が朱に染まる。
アレルヤと、彼が言うような関係になったのは、少し前のことだ。
好きだと告げられ、今のように上に圧し掛かられて、縋り付くように求められた。
全てが欲しいと言われて、優しいながらも強引な口付けを受け、なすがままにされた。
分身であるハレルヤが、そのことを知っていても可笑しくはない。
けれど、だからと言って……こんなことをする理由にはならない 。
「おい、止めろって…」
身を捩りながら声を上げるロックオンに体重を乗せて動きを封じると、ハレルヤはベルトの金具に手を掛け、それを手早く外した。
「……ぁっ!」
ベルトが引き抜かれ、空を切る鋭い音が耳に届き、ロックオンの双眸に怯えが走る。
慣れた手つきで衣服を引き摺り下ろし、目前に暴かれた白い肢体に、彼は喉を鳴らして笑った。
「な、何言って…離せ!」
「いやだ」
逃れようとした足が掴まれて、逆にぐい、と開かされる。
両足の間に割り入った肢体が邪魔で、身動きすら取れない。
掴まれた腕までも軽々と頭上に纏められ、ロックオンは驚愕に目を見開いた。
「ハレルヤ!」
せめて自由が利く唇でと、声を荒げる。
それでも構わずに衣服の中にまで侵入した手に、ロックオンは激しく首を振った。
いくら何でも、これでは…。
「よせって、止めろ!!」
「うるせーな、解かったよ」
一層声を荒げて怒鳴ると、彼は面倒臭そうに呟き、はぁ、と溜息を吐いて、押さえ付ける手から力を抜いた。
ようやく解放されると、ホッとしたのも束の間。
不意に、ぐっと顔が寄せられ、至近距離で見詰める目と視線が合った。
彼が無造作に髪を掻き上げ、隠されていた銀の目が顕になる。
挑発的な双眸に射止められ、一瞬身が竦んだ。
その隙に彼は身を屈め、ロックオンの耳元へそっと唇を寄せた。
そうして、ゆっくりと開いた唇が、艶を帯びた声を発する。
「ロックオン…」
「……?!」
「あなたを、抱きたい。いいよね…?」
「……!!アレ、ルヤ…?」
その声が頭の中に響くと同時に、びくりと肢体が揺れた。
呼び方も声色も、紛れもないアレルヤの声。アレルヤの口調。
そう認識した途端、四肢から力が抜けた。
「あ…、うぁッ!」
直後、下肢に強烈な痛みが走り 、ロックオンは短い悲鳴を上げた。
「何てな…油断し過ぎだぜ、ロックオン」
押し込まれた指先が、好き勝手に中を掻き回す。
「あ、お前…っ卑怯だろうが…!」
「つべこべ言うなよ。どっちにしろ、俺だって、あいつなんだ」
「な、に…」
「俺もあいつも同じだ。なぁ、ロックオン…」
「ハレ…ルヤ」
「言ったろ、いつも見てたって…」
アレルヤがいつも見ている目で、声を聞いている耳で、ハレルヤもロックオンを感じていた。
だから、自分のことも、受け入れてくれ。
そう言わんばかりの台詞と、荒っぽいながらも情熱的な愛撫に、ロックオンは酷く混乱した。
「そうだろ?アレルヤ…」
「……!」
ハレルヤの高揚した声が部屋の中に響く。
彼が呼んだ名から、自らの分身に語り掛けているのは理解出来た。
同時に、アレルヤが、この光景を見ているかも知れない―そう悟って、目の前が真っ赤になる。
羞恥の為か、いくら同じ体とは言え、アレルヤ以外に肢体を曝け出していることへの罪悪か。
困惑に揺れるロックオンを尻目に、ハレルヤの問い掛けは続いた。
「なぁ、アレルヤ。お前だって、俺らの全部、受け入れて欲しいんだろうが?」
「……?」
「こいつに、ロックオンに…。ずっとそう思ってた。そうだろ、アレルヤ…」
だったら、黙って見てろよ。
そう言うと、ハレルヤは徐にロックオンの腰を抱き抱えた。
「アレルヤは何…、うっ!」
アレルヤの真意が知りたい。
探るように問い掛けた言葉は、乱暴に指先が引き抜かれて途切れた。
「今は、ハレルヤだ」
そんな言葉と共に彼のものが押し当てられ、息を飲む。
「ハレ、ルヤ…」
「だから、俺だけ見てろよ」
そのまま唇を塞がれ、深く口内を侵蝕される。
息苦しいまでの愛撫の中、深く貫かれて喉が仰け反る。
痛みと共に急速に駆け上がる快感に、ロックオンはやがて諦めたようにきつく目を閉じた。
「本当に隙だらけですね、あなたは」
霞んだ意識を呼び戻したのは、穏やかなアレルヤの声だった。
反応して顔を上げると、どことなく憂いを帯びた銀の目に見詰められていた。
「アレルヤ…」
今度は、ハレルヤの戯れではなく、本当にアレルヤ本人だ。
一瞬、先ほどまでの行為が夢か何かではないかと思ったけれど。
「う……っ」
起き上がろうとした途端、強烈な痛みが下肢に走り、ロックオンは眉を顰めた。
内股を伝う濡れた感触も、行為の跡をありありと残している。
何だか急に居た堪れなくなって、じっと見詰める視線から逃れるように顔を伏せた。
やがて、暫くの間の後。気まずい沈黙を破って、アレルヤが微笑する気配がした。
「ロックオン」
「……?」
呼び声と共に伸ばされた手が、優しい手つきで頬を撫でる。
そのまま、首筋を伝って胸元に降りた手が、胸の突起を愛撫に似た仕草で弄りだした。
「アレ、ルヤ」
ぞわ、と走り抜けた嫌な予感のようなものに、背筋を震わせる。
けれど、アレルヤの動きはあくまで優しい。
愛おしむようなその手から、逃れることも出来ない。
尚もゆっくりと肌の上を辿りながら、アレルヤはゆっくりと口を開いた。
「あなたがハレルヤのこと受け入れてくれて、本当に嬉しい。けど、やっぱり少しだけ妬けますね」
「……。どっち…なんだよ、一体」
「どっちも本音ですよ。もう一人のぼくも、受け入れて欲しかった。夢を見ているみたいに嬉しい」
でも、と…アレルヤは一端言葉を止め、その穏やかな目をこちらに向けた。
ふ、とその唇が笑うように歪む。
「でも、それとこれとは別です」
「…アレルヤ…」
そう告げた彼の目が欲情に濡れていることに気付いて、ロックオンはハッとして息を飲んだ。
「お、お前!もう…止め…」
「無理ですよ、もう…」
「ア、アレルヤ!」
抵抗は呆気なく一蹴され、徐に体を抱き抱えられて、引き攣った声を上げる。
けれど、どんなに暴れようにも、アレルヤの力は強い。
結局バスルームに押し込まれ、冷たい壁に押し付けられた。
バスタブに寄りかかるように膝を付かされ、背後から覆い被さるアレルヤの体温に、ごくりと喉を鳴らした途端。
「うぁっ!」
ぐい、と指先が後ろに入り込み、引き攣る痛みが走った。
熱が冷めないままの体には、刺激が強過ぎる。
「…ぅ、う、ん!」
びく、と跳ね上がる肢体を、アレルヤが上から圧し掛かって押さえ込んだ。
「全く、無茶苦茶してくれる、ハレルヤ…」
「いっ、…ぁ!」
「我慢して下さいね、ロックオン」
中を抉られ、注ぎ込まれた体液がどくどくと溢れる。
何をされているのかに気付いて、ロックオンは羞恥で死にそうになった。
「よせ、アレルヤ!よせって!!」
「じっとしていて下さい。でないと、終らないから…」
「お、おまえ…」
呆然と呟くも、アレルヤに聞き入れる気配はない。
「あ、う―ッ」
その上、敏感な場所を擦り上げられ、飲み込んだ吐息と共にひくりと喉が鳴った。
「あ、…くっ、う…ッ」
引っ切り無しに上がる声がバスルームに響く。
堪え切れずに弾けて溢れた体液が、湯と交じり合って排水溝の奥へと消えて行った。
「ア、レルヤ、もう…」
切れ切れに呼び掛けても、まだ欲望を満たしていないアレルヤは、律動を止めない。
「ロックオン…」
やがて、ぐい、と背後から顎を引かれ、無理な体勢で唇を塞がれた。
「んぅ、ん……」
アレルヤの熱い舌が絡み付いて呼吸を奪う。既に抵抗する力は残っていない。
捩じ込まれた舌に必死で縋るように、ロックオンは夢中で口付けに応えた。
「ロックオン」
「ん――っ」
「好きですよ、あなたが」
「う、…レ…ルヤ」
穏やかなアレルヤの声に、粗暴なハレルヤの声が重なる。
肌の上を辿る指先も、確かに一つの手であるのにまるで全く別の動きをしているように、滅茶苦茶だ。
「は…ぁ、…あ…ッ」
もう、訳が解からない。巧みな動きで刺激を施され、揺すり上げられ、際限なく駆け上がる快楽に恐怖さえ感じる。
そうして、敏感になり過ぎた感覚に溺れながら、ロックオンはただされるままにアレルヤを受け入れ続けた。
「大丈夫、ですか」
「……聞くなよ、見りゃ、解かるだろ」
「ええ…そうですね」
衣服を整える気力もないまま、連れて来られたときと同じように抱えられて浴室から連れ出され、ロックオンはベッドに突っ伏していた。
酷い倦怠感に包まれながらも、恨み言を言う気にもならない。
アレルヤも、気遣う言葉は吐くけれど、謝罪するつもりはないようだ。
謝られた方が、居た堪れない気がするから、それでいいけれど…。
全く、アレルヤもハレルヤも無茶苦茶だ。
なのに、それでいいとさえ思う自分も、どうかしているのだろうか。
「あなたが好きですよ、ロックオン」
ふと、行為の最中と同じ言葉を囁かれ、視線だけ映して彼を見上げると。金と銀、二人分の優しい目に見詰められているような気がした。
終
リクエスト、ありがとうございました!