出会い捏造。アレ→ロク。

背伸びして




正直に言えば、最初に彼と言う人間を目にしたとき、自分の気持ちがどう転ぶのか、解かっていたのかも知れない。



「と言う訳で、よろしくな、アレルヤ」

一通り自己紹介を終えた後、ロックオン・ストラトスはそう言ってアレルヤに笑い掛けた。自分より長身で、すらりとした長い手足に白い綺麗な肌。柔らかそうな茶色の髪。そして、年上の人らしい気さくで頼り甲斐のある、どこか不敵な笑みに、アレルヤはただ頷いて、一言よろしくお願いしますと呟いた。飄々とした堂々たる態度に、何だか自分の内面の脆さや葛藤を見抜かれてしまいそうで、その双眸と視線を合わせることさえ、躊躇われた。



けれど、自分のそんな内心などにはお構いなく。顔を合わせる度に彼は微笑み、明るく声を上げる。

「よう、アレルヤ」
「ロックオン」

食堂に入った途端、向けられた人懐こい挨拶にどう返して良いか解からず、アレルヤはただ目を上げて彼の名前を呼んだ。でも、じっと見ていることなど出来なくて、すぐに視線を伏せる。あの笑顔や綺麗な色の目を思い浮かべるだけで、鼓動は早い音で鳴り出して止まらなかった。彼の唇が自分の名前の形に動いて、声を発っする瞬間に、堪らなく高揚した。この声が、好きなのだと思う。

―うるせぇんだよ、お前。

ふと、からかうようにハレルヤが言った。多分、この耳元にまで届きそうな心臓の鼓動のことだ。指摘されて、思わず胸を押さえた。だって、どうしようもない。もっと話したいと思うのに、近付きたいと思うのに、一体どうしたら良いのか解からないのだから。

「何だ?ご機嫌斜めか、ティエリア」

同じように明るい声が別の人物の名前を呼ぶのが聞こえて、アレルヤは目を上げた。

「別に。そんなことはありません」

そんな冷静な言葉と共に入って来たのは、ティエリア。整い過ぎた外見ときつい感じの物言いのせいか、アレルヤはまだあまり彼と話したことはない。その彼は、ちらりとロックオンを一瞥すると、飲み物だけを手にして、颯爽と出て行った。いや、そうしようとした彼の肩に、ロックオンは戸惑いもなく腕を回して引き止めた。

「何だよ、釣れないな」
「な、何ですか!離して下さい!」

ティエリアは本当にぎょっとしたように言って、ロックオンの手を思い切り振り払った。今まで彼にこうして触れる人物などいなかったのだろうから、無理もない。

「そんな顔してると台無しだぜ、折角の…」
「ロックオン!!あなたと言う人は!」

続いて何を言われるのか察したのか、ティエリアは声を荒げて、凄い勢いで去って行った。

「じゃあな、ティエリア」

なのに、ロックオンはそんな台詞を言いながら、陽気に手を振ってみせた。二人のやり取りを呆然と見ていたアレルヤは、ただ感心したように吐息混じりの声を吐き出した。

「凄い、ですね…。あなたは」
「んあ?何だ、アレルヤ」
「いえ、尊敬に値します」
「……?」

アレルヤの言葉に、ロックオンはただ訳が解からないと言ったように首を傾げた。鋭いのか、鈍いのか。変な人だ。読めない。ティエリアの考えも読めないけど、この人はそれとは違う。こうも垣根を越えてアレルヤの心に触れて来るのに、アレルヤには、彼の心が見えない。アレルヤは食事もそこそこに席を立つと、黙って背を向けた。

「おい、アレルヤ?」

大好きだと思った彼の呼び声にも耳を貸さず、アレルヤは食堂を飛び出した。

何を、怒っているんだろう。怒っている?自分が、ロックオンに?どうして。彼は何も、悪くないのに。

―怒ってるだって?バカか、お前。

ハレルヤの呆れたような声がした。

「ハレルヤ」

―嫉妬っつーんだよ、そう言うのは。

「嫉妬……」

ぼくが、彼に?いや、そうじゃない。

「ロック、オン」

口にした途端、何故だかいても立ってもいられなくなった。



散々悩んだ末、アレルヤは夜中に部屋を飛び出した。時間のことなんて考慮する余裕のないまま、真っ直ぐにロックオンの部屋へと向かう。もしかしたら寝ているかも知れないだなんて、そんなこと考えてもいなかった。何かしようと思っていただけではない。ただ、先ほど沸き上がった感情が何なのか、もう一度彼に会って確かめたかった。

「どうしたんだよ、こんな時間に」

扉を開けてアレルヤの顔を見ると、ロックオンは少しだけ目を見開いたけれど、すぐに笑顔を浮かべた。その顔にどきりと心臓が跳ねるのを感じながら、アレルヤは謝罪の言葉を述べた。

「すみません、突然」
「いいさ、別に。ほら、入れよ」

促されるまま、初めて彼の部屋に足を踏み入れる。自分の部屋と同じ作りなのに、全く雰囲気の違う空間。照明は暗くしてある。その上、ベッドを見ると毛布もシーツも乱れていて、アレルヤは彼が寝ていたのだと言うことにようやく気付いた。

「あ、あの、ロックオン」
「ん?」
「もしかして、寝ていたんですか?すみません、ぼく…」
「いや、そう言う訳じゃねーよ」

はは、と軽い笑い声を上げながら、ロックオンはアレルヤの肩をぽんぽんと叩いた。そこで、もう一つの異変にも気付く。彼から、ふわりとアルコールの香りがしたのだ。勿論、アレルヤはまだ口にしたことはないけれど、その香りくらいは知っている。よく見ると、ロックオンはいつもより少し上機嫌な感じに見えた。雰囲気が違う。何だか、違う人みたいだ。

「お酒の、匂いが…」
「ああ、飲まされたんだよ、ミス・スメラギに」

彼は弁解するようにそんなことを言って、柔らかい髪の毛を掻き上げた。白い頬が紅潮している。唇も、いつもより血の気が多くて、鮮やかな色をしている。薄暗い明かりの中にそれがやたらと鮮明に浮き上がって、アレルヤは思わずごくりと喉を上下させた。何か、話さなくては。可笑しいと思われる。でも、焦れば焦るほど、何も言えなくなる。けれど、酔っているせいか、彼はそんなことを気にもしていないようだった。こんなに簡単に部屋に入れてくれたのも、そのせいなのだろうか。お酒の、せい?そう思うと同時に、アレルヤは声を上げた。

「美味しい…んですか、お酒って」
「うーん、どうかな」

ロックオンは手袋を嵌めた人差し指でつんと顎を押さえた。何だか、子供みたいだ。いつもなら、見ることなんて出来ない仕草。ぼーっと見詰めていると、急に彼の双眸が悪戯っぽい光を湛えてアレルヤを見た。

「味見するか?」
「え……?」

(……?)

「ん……っ?」

ほんの一瞬のことだった。ロックオンの顔がぼやけるほど近付いて、そしてアレルヤの唇を塞いだ。ちゅ、と小さな音を立てて吸い付かれ、鼓動が跳ね上がって、それからじわりと胸の中が熱くなった。

「ロ、ロックオ…ン…」

唇が離れて行った後、アレルヤの顔は耳まで真っ赤に染まっていた。

「はは、そんなに驚くなよ」

楽しげな笑い声と、離れて行った唇の感触。

「……っっ」

一瞬で何もかも訳が解からなくなって、アレルヤは来たばかりの部屋を飛び出した。
今、何を?何をしたんだろう。あの人は、一体何を。
柔らかい、感触。酒のせいなのか、アレルヤの唇よりも少し熱くて、そしてほんのりと濡れていた。そして、鼻腔を擽った酒の香り。

「ロック、オン」

呆然と唇を指先で覆うと、アレルヤはベッドの上に蹲って膝を抱えた。



翌日。呼び出し音が鳴って、アレルヤはベッドの上で身じろいだ。一睡も出来なくて横になっていただけなので、ゆっくりとした動きで起き上がって扉を開ける。目の前に飛び込んで来たのは、目線よりも少し高い位置にあるロックオンの顔だった。

「ロックオン」

アレルヤが名前を呼ぶと、彼は居心地が悪そうに視線を逸らし、そして髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き回した。

「あー、アレルヤ。その…昨日のことだが…。悪かったな」
「え……?」
「お前、何か相談でもあったんじゃないかと思ってさ。なのに、悪かったよ。ふざけたりして」
「ふざけ、たり…」
「ああ、だからさ、酔いのせいだと思って、大目に見てくれよ」
「ロックオン…」
「じゃあな」

そう言っていつもの調子に戻ると、彼は軽く手を上げて、アレルヤに背を向けた。このままでは、行ってしまう。あの感触を、なかったことにはしたくない。そう思うと同時に、アレルヤは咄嗟に彼の腕を捕まえていた。

「ま、待って下さい!」
「……?!」

ロックオンが驚いてこちらを見る。でも、もっと驚いたのは、アレルヤの方だ。捕まえた彼の腕は、思っていたより細くて、ぎゅっと掴むと、手の中で折れてしまいそうにも見えた。白い、腕。

「ア、アレルヤ?」
「あ……」

戸惑う声に我に返り、アレルヤは目を上げた。ロックオンの目が落ち着かないように揺れている。いつも余裕で飄々とした彼の、初めて見せる表情だった。たったそれだけのことなのに、その顔は何故かアレルヤの胸に愉悦を齎した。胸の奥が高揚し、頭の奥が痺れる。もっと、こんな彼を見たい。そう思ったら、迷う前に口を開いていた。

「昨日のことですけど…。あ、あなたには、何てことないかも知れないけど…。ぼくは、あんなことしたの…初めてだったんです。だから…」
「アレルヤ…」
「だから、出来れば、もう一度…ちゃんと…」

昨日、ほんの少しだけ口にした酒の味。今更それに酔っているようにアレルヤは呟くと、誘われるように少し背伸びをして、そっと顔を寄せ彼の唇に触れた。昨日触れた熱い唇とは少し違うけれど、柔らかい心地良い感触。

「ん……っ」

そして、小さく漏れた彼の声に、体中の血液が沸き立つような感覚に陥る。

(ロック、オン…)

もっと。もっと深く。無意識のまま、緩く開いた唇を割り、舌を潜り込ませようとした、直後。

「ここまでだ、アレルヤ」

肩が掴まれ、否応なしにアレルヤの体は押し返されてしまった。

「ロックオン!」
「せめて、お前が俺より大きくなってからな」
「ロックオン…」
「そしたら、考えてやるよ」
「……っ」

そう言って、ロックオンはいつもと変わらない笑みを浮かべた。さっきアレルヤが見た、動揺に揺れる色はもうどこにも見えない。そのことに気付くと同時に、もう何も言えなくなった。そして、そのまま背を向けて行ってしまった人を、アレルヤは呆然と立ち尽くしたまま見詰めた。

―ロックオン。

まだ、遠い人だ。彼までの距離はとても遠くに感じる。
でも、あの柔らかそうなブラウンの髪の毛も白い肌も、背伸びをすれば、手を必死に伸ばせば、触れられる距離にいる。

だから。だから、いつかきっと。