不意打ち




最近、アレルヤの様子がどうも可笑しい。
マイスター全員にも言えることかも知れないが、彼は元々あまりべったりするようなタイプでもないし、慕ってる相手にさえ、深く打ち解けるタイプでもないように思う。
彼は抱えている過去のせいか、どこかで他人を拒絶しているようなフシがある。本当は甘えたがりでどこまでも受けれて欲しいのに、無意識にそれを避けているような。
勿論、外れているかも知れない。アレルヤがロックオンにそんな深刻な話をすることはないから、予想に過ぎない。
でも、コミュニケーションが苦手なのは刹那やティエリアの方で、アレルヤには何の問題もなかったはずだ。
けれど。それらをさておいても、最近、どうも様子が可笑しい。
例えば、今も。

「アレルヤ」

呼び掛けても、返事がない。何だか物思いにでも耽ったようにグレイの目を伏せて、無言のまま。

「おい、聞いてるか、アレルヤ」

ぐっと顔を寄せて片方の双眸に自身の顔が映り込むほど接近すると、彼はハッとして顔を上げた。

「あ、ロックオン、何?」

自分がぼうっとしていたことも忘れたような台詞に、ロックオンは小さく肩を竦めた。

「いや…何でも。何かぼうっとしているようだからさ、大丈夫かと思ってね」
「……」

また、返事がない。眉根を寄せて目を上げると、アレルヤはロックオンに視線を合わせたままで動きを止めていた。
どこか蕩けたような眼差し。一見すると冷たい感じすら受ける印象の瞳なのに、今はなんだか物凄くぼやけている。

「おい、本当に大丈夫か、アレルヤ」
「え、ええ…」

手の平を目の前でひらひらと揺らすと、彼は再びハッとしたように顔を上げた。



何と言うか。このままじゃいけない気がする。あの戦術予報士は、何か知っているだろうか。

「ミス・スメラギ」
「あら。なぁに、ロックオン」

笑顔をみせたスメラギに、ロックオンはいつもより深刻な表情で口を開いた。

「いや、アレルヤのことで話があるんだが」
「アレルヤ?どうかしたの?」
「俺の思い過ごしならいいんだが」

そう言って、ロックオンはここ数日の彼の様子をざっと話した。あそこまであからさまに様子が可笑しいのだ。ロックオン以外にも、気付いている者がいても不思議じゃない。
けれど、スメラギは顎に指先を当てて何か考える素振りをした後、ゆっくりと首を横に振った。

「別に、わたしが思い当たることはないわね。ブリーフィングのときとかは、割と普通じゃない?」
「いや、そんなことは」
「クリスはどうかしら。アレルヤのことだったら、クリスの方がよく見てるかも知れないわ」
「あ、ああ…」

スメラギに言われるまま、ロックオンは頷いて金色の髪の毛のオペレーターを探した。

「クリスティナ」
「何?ロックオン」
「アレルヤのことで、ちょっと話があるんだが」
「アレルヤが?何、何?何だかいい情報?」

目を輝かせる彼女に、ロックオンは小さく肩を竦めた。クリスティナが、割とアレルヤに好意を抱いているのは知っている。

「い、いや、ご期待に添えなくて悪いが…そうじゃないんだ」
「なーんだ、残念」

クリスティナは大袈裟に両手を広げて、悪戯っぽく笑った。けれど、肝心の話題になると、彼女もスメラギと同じように首を横に振った。

「アレルヤでしょ?いつも通りだったと思うけど」
「そう、か」

二人の返答を聞いて、ロックオンは複雑な気分だった。
ミス・スメラギもクリスティナも、割と人をよく見ている方だと思う。彼女たちがそう言うなら、そうなんだろう。
でも、アレルヤの様子が可笑しいのは絶対に気のせいじゃない。
じゃあ、何だ。

(俺にだけ、変なのか…)

もう、考えられるのはそれしかない。
悩んだ末、ロックオンはアレルヤの元へ足を運んだ。



「あ、ロックオン」

トレーニングルームにいたアレルヤは、こちらの姿を認めて口元を綻ばせた。こんな様子は、あまりいつもと変わらないのだけど。
少し間を置いて、ロックオンは思い切って口を開いた。

「アレルヤ、お前さ」
「はい」
「お前、何か俺に言いたいことないか」
「え……っ」

明らかに、どきっとしたようにアレルヤは目を見開いた。
やはり、か。わだかまりがあるのは、自分にだけなのか。

「はっきり言ってくれねぇか、ミッションに支障が出るのは、お互い本意じゃねぇだろ」
「ロックオン」
「言えよ。言うだけでも気が晴れる」
「………」

促すように視線を送ると、アレルヤは見開いていた目をゆっくりと伏せた。少し、考え込んでいるように見える。と言うより、何だか頬が高潮しているような。
そう思った途端、すっと伸ばされた彼の手に、腕を捕えられていた。ぐい、と引かれて、驚いて目を上げる。
途端、口元にはぐぐっと強く柔らかいものが押し当てられていた。

(え……)

「んっ!?」

何だ。何が起きた。何で声が。
色々な疑問が頭の中に一瞬で浮かんだけれど、すぐに原因が解かって唖然とした。
アレルヤが、自分の唇を押し付けている。アレルヤに、何だか知らないが思い切りキスされている。

「んぅ、んっ、う?!」

お前、何を。そう言おうとして開いた唇の隙間から、彼の舌が潜り込んで来た。

「ふっ、……ん!」

目を見開きながら、ようやく我に返ってもがくと、逞しい腕にぎゅっと押さえ付けられた。
確か、話をするためにここへ来たのに。何がどうなって、こんなことになっているのか。
訳が解からないまま、ロックオンはアレルヤにされるままになっていた。

そして、恐らく数十秒後だったのだろうけど、とてつもなく長く感じた時間が過ぎて。
ようやくロックオンの唇を解放すると、アレルヤは照れたように頬を染めて、そしてロックオンの肩口の顔を埋めて来た。

「あなたに言われて、伝える決心がつきました」
「え、…あ?」
「あなたが好きです、ロックオン」
「は……」

それ以上は言葉が出ない。
これ以上ないほど驚いて、放心してしまったロックオンは、再び近付いて来たアレルヤにまたたっぷりと深いキスをお見舞いされてしまった。