smooch!




「ロックオン!ロックオン!」

何度も名前を呼びながら、ハロが周りをピョンピョンと跳ね回っている。

「よしよし、いいこだな、ハロ」

トレミーの通路を移動しながら、子供に対するように言って頭を撫でると、ハロは一層高く跳ねた。
感情があるのだとしたら、喜んでいるのだろう。
実際に、最近は本当に小さな子供のように、色々なことを覚えてしまって大変だ。
例えば……。

「ロックオン!ロックオン!キス、キス!」
「ん、ああ…はいはい」

顔の位置まで跳ねて来たハロを捕まえて、ロックオンは強請られるままに唇を軽く押し付けた。

「モット!モット!」
「解かったよ、そんなにせがむな」

ポンポンとあやすように頭を撫でたところで、こちらに注がれる視線に気付いて、ロックオンは顔を上げた。

「ああ、アレルヤ。お疲れさん」
「ええ、お疲れ様…です」

返って来たアレルヤの返事は、何となく歯切れが悪い。
何かあったのだろうか。
仲間の変化に敏感なロックオンは即座に気になって、そっと相棒のハロを手から離した。

「フェルトのところへ行ってろ、ハロ」
「リョウカイ、リョウカイ」

言われるまま、素直に飛んで行ったハロを見送ると、少し呆けたように立っているアレルヤへと向き直った。

「どうした、アレルヤ。ボーッとして。何かあったのか」
「あ、いえ…何でも。ただ、どんな感じなのかと思って」
「……?どんなって」

彼の意図が解からず首を傾げると、アレルヤは少し照れたような顔になった。

「ああ、さっきのですよ。ハロにしてたでしょう、キス。ぼくは…したこと、ないので…」
「え、あ…。そうか…」

彼の過去を、詳しく知っている訳ではない。
でも、今の言葉から、想像力を働かせることは出来る。
自分が幼い頃当たり前のように貰っていたものを、彼は知らないのだ。
そう思うと、何だか複雑な気分になった。

「そんな顔、しないで下さい」

こちらの内心に気付いたのか、アレルヤは困ったように笑った。
これ以上は口を挟むことではないのかも知れない。
少し迷って、ロックオンはその場を和ませようと軽口を叩いた。

「まぁ、あれだ。何だったら俺が教えてやるからな」
「ロックオン……」
「いつでも言えよ、アレルヤ」
「じゃあ、今…お願いします」
「……っ、え……?」

からかうように発した言葉に即答され、ロックオンは返す言葉もなく、ただ目を見開いた。



そして、数分後。

「どうしたんですか。教えてくれるって、言ったのに…」
「い、いや、あのな…アレルヤ」

何だかんだ理由を付けて撒こうと思ったのに、上手く行かず。
部屋の前で追い返そうとしたのに、逆に中に押し込まれ。
自室でアレルヤと向かい合って、ロックオンは物凄く気まずい思いをしていた。
その上、真剣そのものと言った熱烈な視線を受けて、猛烈に狼狽している。

何でこんなことになったんだ。いや、自分のせいか。
相手が女性なら、扱い慣れている。実際に軽い気持ちでしてもいい。
でも、相手は…アレルヤだ。いや、だからと言って…こんなに考えることはない。
彼のことだって、上手くあしらう自信は…。

「今更、上手く逃げようなんて思ってないですよね」
「う、……い、いや」

口を開こうとした途端に先手を打たれ、ロックオンはぐっと息を飲んだ。

「それとも…自信がないんですか?あなたほどの人が」
「な、何だってえ…?」

挑発まがいの言葉に、頬が引き攣る。
アレルヤは、いつの間にこんな生意気な台詞を返して来るようになったのだ。
子供だ子供だと思っていたのに。

「ロックオン」

尚も急かすようにじっと見詰められ、ロックオンは遂に観念した。

「ああ、全く!解かったよ、ほら、こっち向け」

投げ遣りな態度で吐き捨てると、荒っぽい仕草でアレルヤの顎を掴んで、ぐい、とこちらを向かせる。
そうして、半ばヤケになったように顔を寄せ、彼の唇に自身のものを押し当てた。

(……うっ)

触れた瞬間に胸の中が思い切りざわめいたのは、弟みたいに思っていた彼に、垣根を踏み越えるようなことをしてしまったからか。
男のものなのに、予想外に柔らかい感触の為だったのか。
触れていたのはほんの数秒の間だったけれど、何だか物凄く気まずくて照れ臭かった。

「これでいいだろ。もう、こう言うのは…なしに…」

居心地の悪い時間をやり過ごし、そっと唇を離した…途端。
アレルヤの手が持ち上がって、離れたはずの距離がぐっと縮まった。

「……?!」

何事かと目を見開く間もなく、先ほど自分がそうしたのと同じように、彼の手が顎を捕える。
ハッとしたときには、もう遅かった。

「……ん、っぅ?!」

先ほどと同じく、いや、もっと強く唇が押し当てられ、思わず息を飲む。
何が起きているのか、はっきりと認識するまで大分掛かった。

「ア、レル…、んっ…」

深く追い掛けて来る唇のせいで、上手く言葉を発することが出来ない。
どう言うつもりなのか解からないけれど、彼に抱きすくめられて、濃厚なキスをお見舞いされている。
しかも、緩く開いた唇を割って、彼の舌が口内にまで侵入して来た。

「……んっ、うっ!」

(し、舌を…入れるヤツが、あるか…!)

胸中で抗議の言葉を叫んでも彼には届かない。
それに、顎を掴む手は尋常ないくらいに強くて、顔を逸らすことも出来ない。
何とかして逃れることが出来たのは、たっぷりと深いキスを交わした後だった。

「お、お前……っ!」

すっかり乱れた呼吸を整え、濡れた唇を拭いながら、目の前の男を睨み付ける。
けれど、返って来たのは謝罪でも反省の言葉でもなく、どこか人の悪そうな笑みだった。

「仕方ないじゃないですか。さっきのだけじゃ、解かりませんよ」
「だ、だからって……ここまですることないだろうが!」
「教えてくれると言ったのは、あなただ」
「…う、そりゃ、そうだが…」

しどろもどろになりながら、ロックオンは思わずじり、と足を後退させた。
すると、アレルヤがその分を一歩詰めて身を寄せる。
何だか、追い詰められているような気分だ。

「お前、いいから、もう戻れ!」
「ぼくはハロとは違いますよ、言う事を聞く義理はない」
「こ、子供じみたことを…っ」

じりじり後退し続けて、遂に壁に背が付いてしまった。もう、逃げ場がない。
あくまでゆっくりと、一歩ずつ一歩ずつ足を進めて寄って来ると、アレルヤはすぐ目の前で足を止め、そして笑みを浮かべた。

「ロックオン。そんなに…怖がらないで下さい」
「なっ、バカやろ…!こ、怖がってるなんてこと…」
「じゃあ、いいですよね」
「……ぐ」

物理的にも精神的にも逃げ場がなくなり、ロックオンは果てしなく情けない気分になった。
やがて、伸びて来た手に再び顎を捕まれ、引き寄せられる。
強引に重ねられる唇の感触に、ロックオンは思わずきつく目を閉じた。

「んん……ふ、っ」

愛しむような手つきで顎をなぞられ、腰を抱かれて、満足に抵抗することも出来ないまま。
ようやく解放されたのは、随分と長い時間が過ぎてからのことだった。