11話後。ハレロク。

暗闇




ミッションを終えてトレミーに戻って来ると、ミス・スメラギが待ち構えていた。

「お疲れさま、ロックオン」
「ミス・スメラギ、そっちのミッションは」
「大丈夫、アレルヤがよくやってくれたわ」

心配いらないとは思っていたけれど、その言葉にホッとする。

「了解だ。じゃあ、あとはゆっくり休むとするか…」

パイロットスーツの前を寛げ、大きく伸びをすると、再び彼女に呼び止められた。

「ロックオン。戻って早々悪いんだけど、ちょっと個人的にお願いがあって…一つ頼まれてくれない?」

スメラギがこんな風に言うなんて珍しい。
ロックオンは彼女に向き直って、おどけたような笑みを浮かべた。

「女性の頼みとあれば喜んで。で…内容は?」



彼女が口にした内容は、結構意外と言うか…拍子抜けするようなものだった。
アレルヤ・ハプティズム。
同じガンダムマイスターである彼の様子を、部屋へ見に行ってくれ、と言うもの。
何でも…二十歳になったと聞いて、しかも一杯くれと強請られて、強い酒を飲ませてしまった。
物凄いふらふらになりながら部屋へ戻って行ったので、ちょっと心配なのだとか。

「わたしが様子を見に行く訳にもいかないでしょ?何かあったら困るしね」

肩を竦めてそんなことを言われて、ロックオンはすんなり頷いた。

「了解だ、ミス・スメラギ。とにかく、あんたを安心させりゃいいってことで」
「ごめんなさいね、ロックオン」

そんな会話の後、ロックオンは着替えだけ済ませてアレルヤの部屋へ向かった。
部屋の前に立つと、早速呼び出し音を鳴らしてみたけれど、返答はなかった。
大人しく眠っているのだろうか。それなら問題ない。
でも、倒れていたりしたら、まずい。

(悪いな、勝手に)

緊急事態だからと、スメラギから聞いた解除コードを押して、ロックオンは部屋の中へ入った。

「アレルヤ、…アレルヤ?」

照明は、消えたまま。ベッドも空だ。
部屋の中を見回すと、彼は床の上に猫のように丸くなって蹲っていた。
こんなところで寝ていては、疲れも取れやしない。
取り敢えず起こしてベッドに寝かそうと、ロックオンは彼の側に屈み込んで肩を軽く揺すった。

「アレルヤ、おい、大丈夫か」
「……ん」

小さく聞こえる呻き声は掠れていて、寝惚けているのか、酔っているのか。

「アレルヤ、立てるか?ベッドに寝ろ」

促すようにもう一度肩を揺すると、彼は前髪をぐいと手の平で掻き上げた。

「頭、が…」
「…痛いのか?飲み過ぎだ、水かなんかを…」

立ち上がろうとした腕が、ぐっと強い力で掴まれる。

「うわっ!」

勢い余って、ロックオンは床に倒れこんでしまった。
その上に、アレルヤの体がどかっと覆い被さる。

「アレルヤ?」
「う、……頭いてぇ 」

忌々しそうに吐き捨てると、彼は再び髪の毛を無造作に掻き上げた。
何だか様子が…可笑しいような?

「おい、大丈夫か。とにかく…」

とにかく、そこから退け。
発した声は、恐ろしく不機嫌そうな舌打ちの音に掻き消された。

「気分悪い…くそ、なんだってんだ。苦いし、後味悪りぃ」
「アレル…」

呼び掛けた、途端。
不意に、空を彷徨っていた彼の視線が、キッとこちらに向けられた。
暗闇の中でぎらりと輝く 目に射止められたように、一瞬身が竦む。
その隙に、素早く伸びて来た手に、がしっと顎を掴まれた。

「んっ…?!」

抵抗する暇もなかった。

「んむっ、んっ…」

アレルヤの生温かい唇がぐっと強く押し付けられて、一瞬息が止まった。
柔らかい唇。ほんのりと酒の香りがする。
彼は一度唇を少しだけ離すと、もう一度噛み付くようにロックオンの下唇を捕らえ、その仕草を繰り返した。
ちゅ、ちゅ、と軽く吸い付くような音が、ロックオンの耳元に何度も聞こえる。
やがて、それだけでは足りなくなかったのか。
今度はアレルヤの舌が口内にまで侵入して来て、好き勝手に暴れ出した。
熱くて濡れた舌。それが、ロックオンの舌を執拗に絡めて幾度も吸い上げ、口内を探るように蠢いている。
その間、ロックオンはずっと無抵抗だった。
酔っ払い相手にムキになるのもどうかと思ったからだけど、半分は動けなかったからだ。
柔らかい唇に吸い付かれて、巧みに強弱をつけて甘く噛む動きに、四肢から力が抜けてしまったと言うか。
黙っていると、彼の手は胸元までも乱暴に弄り出した。

「お、おい、ちょっと、何やってんだ。よせ」

流石に慌てて、何とか彼を引き剥がす。
名残惜しそうに顔を離すと、アレルヤはお互いの唾液で濡れた唇をぐい、と手の甲で拭った。

「ああ…少し、良くなった」

(アレルヤ…)

こいつ、酒癖が悪かったのか。口調がいつもと違う。
ミス・スメラギも、とんでもないことをしてくれたもんだ。
どうしたものかと頭を悩ませていると、アレルヤは再びロックオンに目を向けた。

「おい、お前」
「……?なっ、なんだ」

(お、お前ぇ…!?)

「確か、ロックオン・ストラトス…だよな」
「そ、そうだけど…。おい、まだ酔ってんのか」
「お前、美味いな、色々…」
「あ?何、言って…、っ!」

再び寄せられた顔に、反射的に目を閉じた途端、口元を素通りした唇に耳朶をきつく噛まれ、ロックオンは小さな悲鳴を上げた。

「こら、何すんだ、お前は!」

慌てて体を引き剥がすと、どこかとろりとしたような目が見えた。
完全に酔っている。さっき、苦いだの後味が悪いだの言っていたのと、この行動は関係あるのだろうか。
いや、そんなことより。アレルヤの目、こんな色だっただろうか。
暗闇の中に金色の目が浮き上がっているように見えて、野良猫みたいだ。綺麗な目だ。
息を飲んだせいで、反応が遅れた。
アレルヤ、いや、これは誰なんだ。
彼は耳朶をじっくりと舐め上げた後、今度は首筋へと顔を移動させた。
そして、皮膚の薄いその場所にも、容赦なく舌を這わせて吸い付く。

「おい、こら、よせって…くすぐったいだろ」
「邪魔すんなよ、ロックオン…」

制止すると、どこか楽しそうな、甘えたような声が聞こえた。
いや、酔っているから、呂律が回っていないだけか。
尚も軽く吸い付かれ、ロックオンはぞわぞわと走る痺れに焦った。

「…んっ、よせって…」
「だーめーだ…」
「駄目って、それはこっちの台詞…っ」

何度制止しても、アレルヤは止めようとしない。
猫がじゃれつくように足を絡ませ、仰け反った白い喉を甘く噛む。

「はっ…、ぅ…」

急所を舌先でなぞられ、ロックオンはひくりと喉を鳴らした。
彼は尚も、まるで愛撫のようなその行為を夢中になって繰り返している。

「あ、…アレル、ヤ…っ」

いつの間にか呼吸が上がっている。体温も、熱い。
これは、結構まずいかも知れない。でも、動けない。

(ああ、もう、どうにでもなれ)

やがて面倒臭くなって、投げ遣りにそんなことを思う。
多分、貞操まで奪われることはないだろう。だったら好きにさせよう。
諦めて、そっと目を瞑った、その途端。
どさ、と胸の辺りに何かが乗っかった。

(ん……?)

頭を起こして見ると、かくんと力が抜けたように、アレルヤの頭が胸元に圧し掛かっていた。
続いて、すぅすぅと規則正しく聞こえる寝息。
どうやら、眠ってしまったらしい。

(な、何だってんだ…)

思い切り拍子抜けすると同時に、かなりホッとして、ロックオンはそっとアレルヤの下から這い出した。
四苦八苦して何とかアレルヤの体をベッドに運び、枕に頭を乗せて毛布を掛ける。

ようやく作業が済む頃には、何だかどっと疲れてしまった。
中途半端に刺激された体が何だか落ち着かないけれど、仕方ない。
部屋を出る直前に、今日は彼の誕生日なのだと思い出して、そっと胸中でおめでとうと呟いた。



「ミス・スメラギ?さっきの件だが、ええと…多分、大丈夫だ。問題ない」

きっちり報告を入れながらも、あの印象的な金の目と粗暴な物言いと、それから濃厚なキスの感触が消えなくて、ロックオンは不穏な夜を過ごした。