23話絡み。
バイバイ
「ごめんな……アレルヤ」
ふと、優しげな声で囁かれて、アレルヤは目を開けた。
いつの間にか眠っていたのか、意識も視界も、まだ霞が掛かったようにぼやけている。
そんな中、口元に軽く柔らかい感触が触れ、そして離れた。もう、何度となく触れ合ったことのある、心地良い感覚。
目を凝らし、相手を見詰めようとすると、片方の目に映った彼は、先ほど聞こえた声と同じ…優しい笑みを浮かべていた。
「夢をみたんですよね、昨日」
「うん?」
ベッドに横になったまま、唐突に呟きを漏らすと、隣にいた人物―ロックオンは顔を上げ、きょとんとしたような顔をした。
アレルヤの会話は、いつも突拍子ないけれど、刹那よりはましなんだろうか。ロックオンはさして気にした素振りもなく、続くアレルヤの言葉を待った。
少しの間の後、アレルヤは毛布の中から手を出して、そっとロックオンの髪の毛に指先を絡めた。昨日も、こうやって手を伸ばして触れようとしたのに、届かなかったのだ。
「あなたが、ぼくの部屋に来て」
「お前の部屋に?」
「それで、キスを…」
「キス?」
「ええ…」
「何だよ、夜這いってことか」
からかうような口調に、アレルヤは釣られるように笑みを浮かべたが、それは一瞬のことだった。
すぐに表情を曇らせ、思いを巡らせる。
「でも、あれは本当にあなただったのかな…」
「ん…?」
「いつもと、何だか様子が違いました」
「まぁ、夢だからなぁ…」
「そう、ですね。でも、目にケガをしてたみたいで…」
「目…?」
「それで、謝るんですよ、何度も…」
「俺が謝ってたのか、お前が、じゃなく」
状況を考えると、その怪我にアレルヤが何かしら係わっていて、それを悔いて、と考えるのが普通だろう。でも、そうではなかった。アレルヤは首を横に振り、深い溜息を吐いた。
「ええ、何故かあなたが、ぼくに」
「夢にしても、おかしな話だな。ケガしてたのは俺なんだろ?」
「そう、ですね」
「ま、夢は夢だろ?」
「ええ…」
頷きながらも、アレルヤは視線を伏せた。
あれは、彼の言うようにあくまで夢だ。でも、唇に触れたあの感触は確かなような気がする。夢心地の中で、はっきり意識があったのか、確信はないのだけど。
何だか急に胸が締め付けられるような気がして、アレルヤはぎゅっとロックオンの体を抱き寄せた。抱き締めると言うより、しがみ付くように強く腕に捕える。
「アレルヤ?」
「……」
ロックオンが優しい声で呼ぶ。いつもは胸を躍らす彼の声が、何だか今はとても堪らなく感じた。
「どうしたんだ。子供みたいだぞ」
「ええ…解ってます…すみません」
「いや…」
ロックオンは緩く首を打ち振り、アレルヤの頭をあやすように撫でた。
「全部夢だ。心配するな」
「ロックオン…」
「大丈夫だ、アレルヤ」
本当に、子供にでも言い聞かせるような声色。
一層強くロックオンの肩口に顔を埋め、アレルヤは唇を噛み締めてきつく目を閉じた。
ロックオンの言う通り。あれは、ただの夢だ。
でも、解かってしまった。自分には、自分にだけは解かる。
彼はきっと、伝えに来たのだ。
―ごめんな、アレルヤ。
あれは…。
あれは、さよならの言葉、そして最後の別れのキスだ。
終