恋愛矛盾のお題「夢想リアリズム」の序章のような話。
アレルヤが大分病んでます。

夢現




唇に柔らかい、しっとりとしたようなものが触れて、アレルヤは目を覚ました。
まだ曇った視界に目を凝らしてみると、ここは見慣れた自分の部屋だった。いつも見上げている天井がぼんやりと見える。
でも、ついさっきまで、何だかとてつもなく心地良い感触を味わっていたような気がする。
一体、何だったか。
無意識に口元に指先を当てると、まだその温もりが残っているような気がした。
温もり。誰かの温かさ?

(あ……)

そこまでぼんやりと思い巡らして、先ほどまで夢の中で貪っていたものの正体を思い出した。
同時に、何だかいけないことでもしたように、酷い罪悪感に襲われた。
ほんの少しだったけれど、あの男、ロックオン・ストラトスの唇に触れてキスをしたような、そんな夢をみていた。

(何で、ロックオンと)

いつも笑い掛けて来る彼の顔を思い出すと、アレルヤは口元を拭うように、触れていた指先にきつく力を込めた。



「おう、アレルヤ」
「あ、ロックオン」

いつも通り。トレーニングでもしようかと部屋を出ると、途中でロックオンに擦れ違った。
いつもと変わらない、どこか飄々とした彼の笑顔。
どうして、彼にキスなんかする夢をみたんだろう。よりによって、彼に。
確かに、綺麗な顔だとは思うけれど、どこからどう見ても立派な男性なのに。
それとも、彼に対して憧れのような気持ちを抱いていたから、そのせいだろうか。

「どうした、ぼうっとして」
「……!」

考えごとをしながら、うっかり彼の顔を凝視していたらしい。
ひらひらと手の平を目の前でちらつかされて、アレルヤはハッと我に返った。

「いえ、な、なんでもないです」

何だか、急に居た堪れなくなって、アレルヤはそのまま足早に彼の前を立ち去った。
今胸中に渦巻いている後ろめたいような気持ちを、彼に悟られたくなかった。

(全く、どうかしてるよ)

溜息混じりに胸中で呟いて、アレルヤは無意識に唇を押さえた。
けれど、さっき。
考え事をしながら自分が見ていたのは、紛れもなく彼の唇だった。
何故か少しも目を逸らすことなく、アレルヤはそれに目を奪われていた。



触れたら、夢の中のように柔らかいんだろうか。
また、そんなことを考えていた自分に気付いて、アレルヤは頭を打ち振った。
何を考えているんだろう。相手は、ロックオンだ。
こんなことを少しでも考えたなんて、夢で彼の唇に触れていたなんてバレたら、きっと可笑しなヤツだと思われる。
それは、何だか妙に怖いことのように思えた。
アレルヤはベッドに寝転ぶと、寒くもないのに毛布を手繰り寄せて中に潜り込んだ。

でも、その晩。
昨日よりもリアルに、またロックオンの夢をみた。
すぅっと伸ばした指の先には、柔らかいくせのある茶色の髪があった。触り心地が良い、彼の髪。捕まえて引き寄せると、白い頬に手を掛けた。柔らかく唇を押し付けると、こちらを見詰めていた翠の双眸はゆっくりと閉じた。柔らかい、それに、温かい。
昨日夢だと思ったけど、夢じゃなかったんだ。何故か、どうしてか解からないけれど、自分はロックオンとキスをしたんだ。
不思議とそんなことを思って納得しながら、アレルヤは触れた唇に夢中で吸い付いた。触れ合った途端、じわ、と頭の奥が痺れたような気がした。
そのまま、もっと深く強くキスをかわそうとした直後、ハッと我に返ったように目が覚めた。

「……っ」

当然、辺りには誰もいない。目の前は真っ暗で、ロックオンの姿なんて、どこにもない。
また、彼の夢をみてしまったのだ。

(な、何で…)

ざわざわと騒ぎ出す胸を押さえながら、アレルヤは自身の変化にぎょっとして身を引き攣らせた。
体の中心が、彼に触れた錯覚で明らかに反応していた。熱を孕んだ部分が酷く熱い。こんなことは、信じられない。
どうして。どうして、ロックオンに。

(ぼくは、どうかしている)

何だか、悪い夢で彼を汚してしまったような気がして、吐き気に似た罪悪感が込み上げる。
ぎゅっと毛布を握り締めて枕に顔を埋めたけれど、先ほど味わった感覚はいつまで経っても消えなかった。



―ロックオン。

その後も。
どうしてか解からないけれど、何度も何度も彼の夢を見てしまった。
最初のうちは、抱いた罪悪感に翻弄されていたけれど、毎晩のようにみていると、段々それも薄れ、心地良さのほうがアレルヤの中で増していた。
夢中で舌を捩じ込むと、ロックオンは応えるように吸い付いて来る。あのロックオンが、されるままアレルヤに体を預け、大人しくしている。キスをして髪を撫でると、彼の綺麗な目の色を側で見詰める。そうしている間は、やたらと気分が高揚している。目覚めて、激しい欲求に身悶えしそうになったこともある。
そんな中で、現実で彼に会うと、何だかあの夢との区別がつかなくて混乱することが増えた。
でも、罪悪感よりも混乱する気持ちよりもっと、アレルヤを悩ませていることがあった。
目覚める度に感じるのは、異様な渇欲ばかりだ。さっきまで触れていたと思った心地良い感触は、目が覚めた途端にどこかへ消えてしまっている。先ほどまでは確実に自分の腕の中にあったのに、どうして。どうして留めておけないのか。

(いや、あれは、あれはぼくの夢で…)

だから、ロックオンはそんなこと知りもしないのに。でも、こうも毎日続くと、頭がどうにかなってしまう。
夢なんかじゃ足りない。生身の彼は、味わったら一体どんな味がするのだろう。あの白い首筋に顔を埋めて彼の匂いを嗅いで、きつく抱き寄せて実際にキスをしたい。彼の鼓動を間近で感じて、彼の吐き出す息を耳元で聞きたい。その上で、あの夢よりも激しく彼を滅茶苦茶にしてしまいたい。
そうだ、キスなんかじゃ生温い。
あの衣服を剥ぎ取って白い肌を顕にして、二の足を押し広げて、そうして―。

「……っ!!」

そこまで考えて、アレルヤは自身の考えに恐怖した。

(駄目だ、こんな…)

こんな恐ろしいことをずっと考えているなんて。本当に、自分はどうしてしまったんだろう。それとも、自分はずっとこれを望んでいたのだろうか。
ロックオンに?自分と同じ、男なのに。そんな彼が、欲しいのだろうか。
そう、なのかも知れない。ずっと、彼を抱きたいと思っていたんだろうか。いつも兄貴分みたいに余裕なあの顔を、滅茶苦茶に打ち崩すほど喘がせて、抱いてしまいたいんだろうか。

(ロックオン…)

いつかきっと、この恐ろしい衝動に煽られるまま、彼に酷い行為を強いてしまう。そんな予感がするのに…。

「なぁ、アレルヤ。後で部屋に来ないか」
「え……っ」

そんな誘いを掛けられて、心臓がどくんと音を立てて鳴った。目の前には、こちらの内心など少しも気付いていないような、明るい顔のロックオンが立っている。目を上げて、アレルヤは困惑するように視線を揺らした。すぐに断らなければいけなかったのに、咄嗟に言葉が出て来なかった。

「用事があるならいいけどさ、たまには酒にでも付き合ってくれよ」
「お酒、ですか」
「ああ、一応待ってるぜ」

本当に軽い調子でそうい言い残して、ロックオンは軽く右手を上げると、アレルヤの側から離れて行ってしまった。

部屋に来いだなんて。どうしたらいいだろう。もし今行ったら。彼と二人きりになったりしたら、自分は何をしてしまうか解からない。行っては駄目だ。
でも。でも、もし、本当に彼に触れることが出来たら?
その恍惚を考えると、頭の奥に痺れが走った。ぞくりと肌が粟立ち、自身の想像に思わず身震いする。

(けど、駄目だ、そんな)

ぎゅっと拳を握り締めたそのとき、頭の中で囁く声が聞こえた。

―何迷ってんだよ。さっさとヤっちまえばいいだろ。
「……!」

もう一人の、自分の声。理性が削られそうになるのを感じながら、アレルヤは必死に首を打ち振った。

「何を言ってるんだ、ハレルヤ。出来る訳ないよ、そんなこと」

けれど、ハレルヤは否定の言葉をいとも簡単に打ち崩す。アレルヤの本心を誰よりも知っているのは、ハレルヤだ。

―いーや、お前はずっとそう言って欲しかったんだ。俺に背中を押して欲しかったんだろ、アレルヤ。さっきすぐ断らなかったのも、そのせいだろうが?
「ぼくが、そんな…」
―認めろよ。あいつが欲しいんだろ、アレルヤ。だったら、さっさと自分のものにしちまえよ。
「ハレ、ルヤ…」

自分のものにする?彼を?

「そんなことが、出来るのかな…」

抱いてしまえば…いいんだろうか。
彼を欲しがったのは、自分の奥底にある、自分の本質であるかも知れないハレルヤなのか。それとも、自分のなのか、もう解からない。
でも、もう止まらなくなってしまった衝動に煽られるまま、アレルヤはロックオンの部屋へと静かに足を進めた。