何も言わずに




ふと、寝返りを打った弾みに体に生温かい体温を感じて、アレルヤは目を覚ました。
いつの間にか、眠ってしまったらしい。
顔を上げると、無防備な肢体を晒して眠っているロックオンの姿があった。
とは言え、こうして一つのベッドに一緒に寝転んでいるからと言って、何かあった訳ではない。
ロックオンの部屋で、貸して貰った本を熱心に読み耽っている内に、段々うとうとして来たのは覚えている。
お互いの部屋に出入りするようになったのは、ごく最近のことだ。こうして眠ってしまうことも初めてじゃない。
もっとも、最初は緊張して眠るどころではなかったけれど、あまりにも彼が意識していないので、いつの間にか慣れてしまった。

(ロックオン……)

でも、本来なら、暢気に寝転んでいる場合じゃない。
手を伸ばせば、すぐにでも届きそうだ。 少しでも体勢を変えれば、それだけであっという間に組み敷くことが出来るほど、近い距離。
けれど、そんなこと出来るはずもない。
すやすや寝息を立てるロックオンの顔をもう一度見詰めると、アレルヤは静かな溜息を吐き出した。
そっとベッドから降りると、彼を起こさないように部屋を出て、今日も一人で自室へ向かった。



毎回、そんなちょっと切ないような思いをしつつも…。拒まれることはないし、何かにつけて呼び出されれば、アレルヤは出向いてしまう。

「全く……、役得なのか不毛なのか……」

今日もまた、いつの間にか一つのベッドに二人で乗っかっている状況で、アレルヤは深い溜息を漏らした。
吐息に気付いたロックオンが、本から目を離してアレルヤに視線を向ける。

「何だ?退屈なのか?」
「いいえ……」

そう言う訳ではないのだけど。
大の男が二人。狭いベッドに寝転んでいると、嫌でも体のどこかが密着してしまう。
それなのに何も出来ないこの状況は、結構辛いものがある。
そんなこと、決して口にしたりはしないけれど…。
限界なんてものは、結構容易に来てしまうらしい…。

今晩も又、規則正しい寝息が聞こえ出すと、アレルヤは何だか妙に虚しくなってしまった。
そっと顔を上げてみると、ロックオンの寝顔が見える。
白い額に、柔らかそうな髪の毛が掛かっている。触れたら、どんな感触がするのだろう。静かに閉じられた瞼に、長めの睫毛。それから、無防備過ぎる口元。
今すぐにでも、全てに触れて確かめたい。
彼を怒らせて、この温室のような時間がなくなってしまっても、もう構わない。
何もかも放棄して良いと思えるほどの衝動が、不意にアレルヤの中に湧き上がって止まらなくなってしまった。

(ロックオン)

胸中で名前を呼びながら、ゆっくりと顔を寄せる。
そうして、彼の吐き出した吐息がアレルヤの頬を掠める距離まで近付くと、無言のまま、柔らかく唇を合わせた。
触れるか、触れないか。それだけの軽いキス。
言葉も何もないから、眠っているなら、気が付くことはないのはずなのに。
次の瞬間、アレルヤのすぐ目の前で、彼の綺麗な双眸がぱち、と開いた。

「……!!ロックオン!!」

(……起きて!?)

驚いて、咄嗟に離れようとしたアレルヤの首筋に、ロックオンの二つの腕が巻き付く。

(え……?!)

何をしているのだと、怒鳴り声の一つでも飛んで来ると思ったのに。
それどころか更に縮められた距離に、アレルヤはただ息を飲んだ。
片方の目を見開いて見下ろすと、怒るでもなく責める訳でもない綺麗な目と視線が合う。

「ロック、オン……?」

恐る恐る呼び掛けると、やがて彼は不敵な笑みを浮かべてみせた。

「そんなので……俺がその気になると思ってるのか?」
「……!!」

挑発めいた台詞に、どく、と大きな音を立てて鼓動が鳴る。
信じられない言葉に、頭の中が混乱しているのに、それ以上に胸が高揚している。これみよがしに目の前にちらつかされた誘いに、アレルヤはごくりと喉を鳴らした。
体勢を変えて彼の上に圧し掛かり、ずっと触れてみたいと思っていた滑らかな首筋を手の平をなぞる。

「その気にして、いいとでも…?」

急激に込み上げた欲求と緊張のせいで、震える声が出た。
答えを求めるように、首筋へ触れていた手で頬を包むと、彼の目に挑むような色が浮かび上がった。

「ああ…、いいぜ。やれるもんなら…」
「ロック…オン…」

ぞく、と背筋に痺れが走る。
こんなに不用意に煽ったりして、もう…どうなっても責任は取れない。

「後悔、しないで下さいね」

そう言うと、アレルヤは割り開いた足の間に体を押し込み、強引な口付けを落とした。