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「好きなんです、あなたが……」
 そう言われて、咄嗟に返答に詰まったのは、彼の言葉が本気だと解かってしまったからだ。きっと、緑の双眸は動揺してしまったに違いない。
 けれど、数秒で落ち着きを取り戻し、ロックオンは冷静な声を上げた。
「俺は男だ、アレルヤ」
「ええ……、見れば、解かります」
「だったら、言われなくても解かってるだろ?」
「解かってます。でも、好きになってしまったから」
 そう言って、彼はぎゅっと拳を握り締めた。その場所が小刻みに震えているのが見えて、ずきっと胸が痛んだ。でも、受け入れる訳には行かない。
「お前の気持ちは嬉しいよ。けど、今はそう言うことを言ってる場合じゃないだろ?」
「……」
「ごめんな、アレルヤ」
 俺は、今誰とも恋愛する気はない。それだけ告げると、アレルヤは俯いて、暗い声を落とした。
「解かりました、ロックオン」

「ロックオン!聞いてる?」
「え、あ……」
 不意に、頭の中に思い巡らしていた呼び声が、スメラギのものと重なって、ロックオンは我に返った。
 今のは、数日前にあった出来事だ。
あれから、アレルヤは自分を避けているように思う。態度が余所余所しい。と言うか、ぎすぎすしている。きっと、どう接していいのか解からないのだ。自分だってそうだ。数日経ってもこうやって思い巡らしているなんて、余程驚いたんだろう。
 でも、今は目の前のことに集中すべきだ。
「悪いな、ミス・スメラギ。仮想ミッションのシミュレートのことだったよな」
「ええ、そうよ。あなたにはこれから仮想のミッション空間に入って貰うわ。因みに、職業は教師。出来るわね」
「ああ、やってみるさ。で、何をすりゃいいんだ」
 そう言うと、スメラギは長い髪を掻き上げて溜息を吐いた。
「やっぱり、聞いてなかったのね。まぁいいけど……。今回は本当に普通の教師として過ごしてくれるだけでいいわ」
 潜入捜査なんてことになった時、きっと役に立つから。スメラギの言葉に、ロックオンは愛想良く片手を上げて答えた。
「教師なんてガラじゃないんだけどな。ま、頑張るよ」
「ええ、宜しく頼むわ」
 その言葉が終るか終らないかの内に、ロックオンの目の前には懐かしい景色が広がった。

 瞬きしてみると、既に自分は学校の教室の中にいた目の前の映るのは、教壇に立っている自分自身と、数十人の生徒たちの姿。
(おいおい、いきなりかよ)
 少し度肝を抜かれたけれど、ここで慌ててはいけない。気を取り直したように一度咳払いすると、ロックオンは辺りに視線を巡らせた。
皆俯いて何かを引っ切り無しに書いている。黒板を見ると、何も書いていないし、この静けさは何だろう。一番前の生徒の手元を見ると、一枚の紙が見えた。
(もしかして、テスト中かよ)
 そうなると、楽だ。自分は授業が終るまで、適当に過ごしていればいい。と言っても、カンニングなんてしている者はいないか、体調が悪そうな者はいないか、それだけは確認しなくては。
 そんな思いから、クラス中を見渡していたロックオンの視線は、ある一点でぴたりと止まった。
(……んっ?)
 思わず、声に出して言ってしまいそうになった。視線の先にあるのは、よく見慣れた人物の姿。見慣れた黒い髪。長めの前髪で、片方の目を隠している。露になっているもう片方の目は、一見冷たく落ち着いた印象のグレイ。その目は、少しも逸らされることなく、じっとこちらを見詰めていた。
 間違えようもない、あれは――。
(ア、アレルヤぁ?)
 どうして彼がここにいるのだ。しかも、生徒役で。仮想ミッションにマイスターが登場することは今までにもあったけれど、今回は何も聞いてない。スメラギが言い忘れたのか。だいたい、ただの教師として過ごすだけなら、アレルヤの役割はなんだろう。
 そもそも、これがいくら仮想の空間だとしても、こうやってきちんと顔を合わせるのは、あの日以来だ。それがこんな状況なんて、何だか居心地が悪い。
 それに……。
(な、何でそんなにこっち見てんだよ!)
 息が詰まりそうなほど視線を注がれて、ロックオンは思わず目を逸らした。でも、顔を逸らしていても解かる。きっと、彼はまだこちらを見ている。
何も言わないあのグレイの目が、まるで責め立てるような色を浮かべて、じっと……。
 それからの時間はまるで針の筵のように感じた。いつの間にか握り締めていた手には汗が浮かんで、ようやくチャイムが鳴ると、ロックオンは心の底から安堵の息を吐いた。

 テスト用紙を集めて教室を出ると、何だかホッとする。それに、どうやらもう放課後らしい。初日からこれだけでいいのだろうか。仮想空間に飛ばすなら、もっと転任初日とか、一時限目からとか、色々あるだろうに。だいたい、ここはどう言う学校で、自分は何の担当なんだ。このクラスの担任なのか。
 そんなことを思いながら、職員室を探して歩いていると、背後から不意に呼び声が掛かった。
「先生!」
「……?」
 一瞬、自分のことだとは思わなくて反応が遅れた。けれど、もう一度呼び掛けられ、声のした方を振り向くと、そこにはアレルヤの姿があった。きちんとした制服に身を包んで、潜入は完璧だ。どこからどう見ても、学生にしか見えない。
 ただ、何だか、いつもよりあどけない感じがするのは気のせいだろうか。
「アレルヤ、お前、何で……」
「酷いですよ、先生。昨日、どうして来てくれなかったんですか」
 言い掛けた声は、責めるような口調に阻まれて途切れてしまった。
「ずっと、待っていたのに……何かあったんですか?」
「おい、アレルヤ?話が見えな……」
「とにかく、こっちへ」
「え、おい!」
 有無を言わさず腕を引かれ、ロックオンは空いている教室に引きずり込まれていた。
 一体、何がどうなっているんだ。さっさと説明して、このもやもやを晴らして欲しい。それに、先生だなんて呼ばれると、くすぐったい。が、そんなこちらの思惑とは裏腹に、アレルヤの声はどこか弾んでいるように聞こえた。
「これで、二人っきりですね」
「ア、アレルヤ、お前……っ」
「……先生」
「……っ!」
 がし、と肩を掴まれ、ロックオンは目を見開いた。掴まれた場所に力を込められて、思わず眉根を寄せる。
「い、つ……」
「痛い、ですか?でも、ぼくも昨日……凄く痛かった」
 ここが、と意味有り気に胸元を指先でなぞった後、アレルヤは一歩足を寄せ、ロックオンとの距離を詰めた。気付いたら、壁際に追い詰められるような体勢になっている。それに、何だろう、この空気は。アレルヤの様子が、何か可笑しい?
「もしかして、誰かと、会っていたんですか?」
「だ、誰って……」
 質問の意味が解からなくて、頭の中が混乱する。でも、思い浮かんだのは、先ほどまでプランの説明をしてくれていたスメラギだけだ。
「ミ、ミス・スメラギと……」
「スメラギさんと?どうして?」
 無防備に出した名前に、アレルヤの気配は更に厳しくなった。
「ぼくとの約束をすっぽかして……?酷いね、先生」
「アレル……」
 アレルヤ、と呼ぼうとした声は、最後まで口に出来なかった。そのまま、ぐっと近付いてきたアレルヤの唇に自分のものを塞がれたからだ。柔らかく濡れた唇に噛み付くように触れられ、ロックオンは息を飲んだ。見開いた双眸に、彼の輪郭がぼやけて映っている。
「……んぅっ?よ、よせ!アレルヤ!」
 不意に、生温い感触が口内にまで潜り込んで来て、ロックオンは慌てて顔を逸らした。濃厚、とも言えるキス。こんな状況でも、はっきりと解かる。これは、深い欲情を伴ったキスだ。
驚いたロックオンが逃れようとすると、アレルヤの気配はますます険しくなった。もがく手首が掴まれて、側にあった壁に押し付けられる。
「アレルヤ!」
「どうしたんですか?今日に限って、そんな……」
「し、知らない!んなことは!」
「まさか、本当に……スメラギさんと、何かあったって言うんですか」
「……っ!」
 そんな言葉と同時に、シャツが捲り上げられ、肌に触れる外気に息を詰めた。
まずい、何だか知らないけれど、これはまずい。そう思っているのに、足が動かない。
 これは、アレルヤだ。でも、自分の知っているアレルヤじゃない。
 抵抗は腕一本で抑えられ、空いた方の手が露になった胸元を弄るように蠢く。突起をぎゅっと摘まれ、ロックオンはひゅっと喉を鳴らした。
 続いて、ぬる、と耳朶に濡れた感触がする。絡み付くようにそこを唇で愛撫して、アレルヤは更に首筋へと顔を移動させた。
「……っ!よ、せって、あ……」
 こんなもの、不可抗力だ。でも、剥き出しの欲求をぶつけられ、反応を引き出すように触れられて、思わず甘ったるい声が上がってしまった。
 相手はアレルヤだ。それなのに、どうして。
 混乱する頭を置き去りにしたまま、アレルヤは行為を進めて行く。慣れた手つきだ。信じられない。あんな、何も知りませんなんて顔をしている癖に。
 その手がベルトにまで掛かると、ロックオンは流石に本気の抵抗を始めた。けれど、あっと言う間に腕を捻り上げられて、痛みに眉を寄せる。
「じっとしてて下さい。でないとあなたに酷いことをしてしまう」
「……なっ」
「それとも、されたいのかな。先生」
「……っ!」
 口調は穏やかなのに、言っていることは脅しみたいなものだ。ロックオンはびくりと肩を揺らして、それ以上動けなくなってしまった。

「うっ、……っ」
 衣服を掻き分けて入り込んだアレルヤの指先が、肌の上を好き勝手に弄んでいる。抵抗しようにも足に力が入らなくて、膝はがくがくと震えている。
何だって、こんなことになったんだと思ってみても、どうしようもない。これはあのアレルヤであって、アレルヤではない。それは解かっているのに。
「ロックオン」
「……ぅっ」
 熱っぽく囁く声に、ぞくりと背筋が震えてしまう。彼は、こんな声も出せるのか。欲望に濡れた、甘い声。
 頭の奥がぼうっとして、強引な愛撫にすら、身を任せてしまう。けれど、ぐるりと反転されられた体が側にあったデスクに押し付けられると、流石に焦りが浮かんで来た。
「ア、アレルヤ!だ、めだ……!」
「どうして?いつもは、そんなこと言わないのに」
「……!」
(いつもはって……)
 どう言うことなのだろう。彼にとっては、この行為は当たり前のものなのだと言うのか。
 それにしたって、時と場所を考えて欲しいけれど、この際それどころじゃない。自分は、そんな経験なんてない。どうしたらこの状況から抜け出せるのか。良い考えなど浮かばないまま、熱い手に腰を抱き抱えられ、ロックオンは思わずぎゅっと目を瞑った。

 そして、数十分後。
「仮想空間、解除。どうだった?ロックオン」
「…………」
 急に現実に引き戻されたロックオンは、激しい疲労感と羞恥に眩暈を覚えた。自分が今の今までされていたことを考えると顔から火が出そうだ。
(勝手に……、人の体を好き勝手しやがって!)
「どこだ、アレルヤ!」
「あ、ちょ、ちょっと!ロックオン?」
 スメラギの呼び声にも耳を貸さず、ロックオンはアレルヤの部屋へと一目散に駆け出した。
 あんなに無体な行為を強いられたと言うのに、体には殆ど痛みがない。代わりに、体の芯がこれ以上ないほど熱く、息が上手く出来ないほど胸が痛いけれど……。
 あれは、あくまで仮想の世界での出来事だ。ここにいるアレルヤには関係ない。それは解かっている。
 でも、それでも、言わずにはいられない。

「責任取って貰うからな、アレルヤ!」
 シュン、と音がして扉が開き、きょとんとしたような顔を見せたアレルヤに、ロックオンは開口一番にそう告げた。