(……う)
不意に鳴り響いた携帯電話の着信画面を見て、ロックオンは露骨に眉を顰めた。
電話の相手は、あの男だ。今は対面している訳でもないから、不快さを隠す必要もない。
「もしもし」
でも、通話ボタンを押してそう言う頃には、既に気持ちを切り替えていた。
『仕事だよ、ロックオン』
「え……?」
そして、受話器の奥から流れてきた流暢な台詞に、ロックオンは思わず息を飲んだ。
仕事―。
あの店での仕事でないことは、すぐに解かった。本来の、ロックオンの仕事。でも、もう何年もそんな依頼は受けていなかったのに。
ハレルヤへの気持ちが、バレているのだろうか。だから、わざと。だったら、ここで断ったら、余計に危険なことになる。
『久し振りだが、きみならやってくれるな』
「はい……」
『今晩十時に、いつもの場所で。店のことは心配ない。代わりのものを行かせよう』
「解かりました…」
告げられる言葉に、ロックオンはただ淡々と返事を返して、首を縦に振った。
その後、支度をして車に乗り込んだロックオンは、ハンドルに突っ伏すように顔を埋めた。何だか酷く疲れていて、胸の中が重かった。気が進まないのは当然だ。これから、名前も知らない客人に、体を投げ出しに行くのだ。
酷い不快さが喉に絡み付いて、吐き気が込み上げる。久し振りだって言っても、もう、慣れていたはずだ。なのに、今又こんなに嫌で仕方ないとは。
それでも、ここでこうしていてもどうしようもない。のろい動きでエンジンを掛け、発進させようとして、ふとロックオンは動きを止めた。
何かを思い出したように、ダッシュボードにある小さな隙間に無造作に突っ込まれた写真を手に取る。
よれよれになった古い写真。そこに映っているのは、一人の男だ。
こんなところに紙くずのように入れておくべきものではない。本来なら、額縁に入れて後生大事にしておきたいものだ。
でも、ロックオンは忘れたフリをしなくてはいけなかった。けれど、それで全て上手く行っていたのに。
この不快さ、本当に堪らない。確か、数年前、ここに映っている男と生身で会っていたときもそうだった。
毎日のように与えられる仕事が、嫌で嫌で仕方なかった。今は、それと同じだ。
ハレルヤだ。あいつが土足でやって来て、無残に踏み躙って、心を掻き乱してしまった。でも…。
「大丈夫…心配いらないさ」
独り言なのか、写真の男に対しての言葉なのか解からないけれど、ロックオンは低く力のない声を吐き出すと、ゆっくりと車を発進させた。
夜中に何があったのだとしても、翌日店は開けなくてはいけない。正直、もう泥のように眠って何もかも忘れたかったけれど、そうもいかなかった。
今日、ハレルヤは来るだろうか。何だか、今日は彼の顔を見たくない。
足を進めていたロックオンは、すぐに店の裏口に立っている男に気付いた。
「ハレルヤ…」
「……」
いつもなら、顔を見るなり何だかんだ言って来るのに、その日に限って彼は無反応だった。ただ、長めの髪の毛から覗いた金の目が、ロックオンを睨むように揺れた。けれど、疲労し切っていたロックオンは、そのことに気が付かなかった。
「何だ?まだ開店前だぞ、出直して来い」
言いながら鍵を開けて中に入ると、ハレルヤも無言のまま着いて来た。カウンターの辺りまで来て、もう一度声を掛けて促す。
「どうした。一度帰れって言ってるだろ…」
けれど、彼は聞き入れなかった。こちらを見据えた表情が、酷く暗い。そこで、ロックオンはようやく異変に気付いた。
「ハレ、ルヤ…?」
恐る恐る名前を呼ぶと、彼はゆっくりと口を開いた。ゆらりと漂う殺気に似た怒りが、ひしひしと伝わって来る。
「ロックオン。お前、昨日は何をしてた」
「何って…」
「何をしてた」
「……」
答えずにいると、更に強い口調で問い詰められる。どきりと鼓動が跳ねたが、ロックオンはかろうじて平静さを保った。彼が、知っているはずないからだ。
「何って何だ、昨日は急に非番になったから店には来なかったな、だが別に…」
けれど、誤魔化そうとした白々しい台詞は、次の瞬間信じられない言葉で遮られた。
「どこの誰と寝やがったのかって聞いてんだ」
「…っ?!な、んで…お前が、それを…」
言ってからハッとしたけれど、もう遅い。片方しか見えないハレルヤの金色の瞳は、みるみる怒りの色で溢れ返った。
胸板に衝撃が走ったのは、それから数秒後のことだった。あまりに勢い良くされた為、逃れる暇もなかった。ハレルヤはロックオンの体をカウンターにうつ伏せに押し付けていた。
「ぅう…っ!」
力を加減するつもりなど、端からなかったのだろう。衝撃に肺が圧迫されて息が詰まり、ロックオンは小さく呻いた。
やがて後ろに圧し掛かる、熱い体温と重さ。耳元に吐き出す吐息が掛かり、血の気が引いた。両足を割られて、彼の体が捩じ込まれる。すぐ側に密着したハレルヤの感触に、鼓動が跳ね上がる。続いて、彼の手は徐にロックオンのベルトへと伸び、カチャカチャと音を立ててそれを外し始めた。
「ハレルヤ!よせ!」
「黙れ!!」
「……んっ」
喚いた直後、手の平で口を塞がれ、ロックオンは目を見開いて息を飲んだ。
後ろから羽交い絞めにされ、身動き一つ取れない。尋常ではない、彼の力。
「俺に、嘘を言いやがった…」
(……?!)
何を言っているのか。少し考えて、すぐに解かった。数日前に交わした会話だ。
『あいつが、好きなのか』
『ああ、好きだ。俺が好きなのは、あの人だ。お前じゃない』
『……』
『好きだから、寝たんだ。それだけだ』
『好きだから…』
『ああ……』
好きだから。その言葉が、ハレルヤを引き下がらせたのだろう。それなのに、どこの誰とも解からない男と・・・。それでか・・・。
真っ直ぐに向けられる怒りに、こんなときだと言うのにロックオンの胸は熱くなった。けれど、このままではいけない。
「……ん、んんっ」
逃れる為、首を振ろうとすると、逆に手の平が食い込むほど強く押し付けられる。自身の力では、逃れられない。すぐに悟った。
「ロックオン」
「…んっ」
低く凄むような呼び声に、思わず身が竦む。抗えないことへの恐怖と、触れられた場所から火傷するように熱くなる体に、がくがくと足が震える。
「てめぇなんか、滅茶苦茶にヤってやるよ、ロックオン」
「…っ、…!」
耳元で囁く凶暴な声色に、ロックオンの背筋に冷たいものが走り抜けた。
「ん、んーっ!」
必死に頭を振って、行為を拒む。口内には布切れのようなものが押し込まれ、手足はきつく拘束されて、殆ど身動きは取れなかった。それでももがこうとする姿は、ハレルヤを更に煽っているようだった。
「力の限り暴れやがって…そんなに嫌かよ!」
「ん、ぐ、…っ」
ぐっと喉元を押さえつけられて、呼吸が止まる。苦しげに眉根を寄せて後ろから圧し掛かる陵辱者を見上げると、彼の金の目はどこか泣きそうに歪んでいた。
悲しい訳ではないのだろう。怒りがあまりに激しくて、それを持て余している。小さな子供みたいだ。
そう思った瞬間、少しだけ体から力が抜けた。糸が切れたように崩れた体に気付いて、ハレルヤが腰を抱く。
「ロックオン」
熱に浮かされたような声に呼ばれた瞬間、シャツが左右に割られ、衣服の裂ける嫌な音が部屋に響き渡った。
「……っ、う」
ぐい、と敏感な場所を抉られて、内股が引き攣った。頭の中を駆け巡る快楽と痺れに、指の先まで震える。
ハレルヤ。ハレルヤ。
声に出来ない彼の名前を、何度も胸の中で呼ぶ。その度に、あさましく駆け上がる痺れに押し潰され、ロックオンは少しずつ理性が削られていくのを感じた。
彼の熱が奥へ打ち込まれ、内壁を擦り上げる度、吐き気に似た快楽が下肢に走る。ひくつく内壁はハレルヤを締め付け、彼に強烈な快感を齎しているに違いない。ハレルヤも限界が近いのか、腰を揺さ振る動きは更に荒っぽく早くなった。
「ん、ん…ぅ、んっ」
途切れ途切れに上がる声。善がっていると、誰が見ても解かる。歯止めが利かなくなった快楽に酔いながら、ロックオンは何度も突き上げるハレルヤの動きをひたすら受け入れた。
「ふっ、ん…ぅ、ん…っ」
「お、まえ……」
先ほどまで力の限り暴れて必死で拒んでいた自分の、あまりに変貌した姿に、彼が困惑し、同時に驚くほど興奮を覚えているのが解かる。ハレルヤが息を飲み、ごくりと喉を鳴らすのが、ロックオンの耳元にまで届いた。
「くそ、何だ…何なんだよ、お前は…!!」
こちらが苦しくなるほど、苛立ちと悲痛を込めた声で怒鳴ると、ハレルヤはロックオンの中へと白い欲望を流し込んだ。
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