小さな世界4




急に解放された体は、支えをなくして力なく床に崩れ落ちた。
見下ろすハレルヤの表情は、見えない。
何か言われる前にと、ロックオンは性急に呼吸を整えて口を開いた。

「気が済んだなら、もう帰れ」
「ロックオン」
「聞きたくねぇよ、何も」
「……」

何か問い質されたら、上手くはぐらかす自信がない。
その上、熱を放った今でも体の芯が熱くて、どうにかなりそうだ。
投げ遣りに告げると、少しの間の後、ハレルヤは無言のまま踵を返した。
なぜ彼が言うまま大人しく帰ったのか、考える余裕もなかった。
足音が聞こえなくなると、ロックオンは膝に顔を埋めた。
ハレルヤ。
無茶苦茶してくれる。本当に、とんでもないヤツだ。
でも。ここまで来てしまったら、もう、離れるしかない。
彼をここへ立ち入らせない方法なら、幾らでもある。
苦い吐息を吐き出して、ロックオンはゆっくりと立ち上がった。
どの道、今日店を開けることは出来そうもなかった。



「昨日、勝手に店を休んだ訳は?」

静かに問い詰める声に、ロックオンは目を伏せた。
白々しい言い訳をするより、自分にはある考えあった。

「すみません…お詫びは、幾らでもします。でも…」
「好き勝手されたのだろう、あの子猫に」
「……!」

言い当てられて、ロックオンは言葉を止め、軽く溜息を吐いた。

「…知って、いたんですか」

何となく。そんな気はしていた。
ハレルヤに自分の仕事のことを告げたのも、きっとこの男だ。
でも、それなら話が早い。

「では、説明する手間が省けると言うものです。彼を二度と店に出入り出来ないようにして下さい」

そうすれば、離れることが出来る。
会わずにいれば、いつかは…忘れてしまえるものだ。
けれど、感情を押し殺して要望は、あっさりと一蹴されてしまった。

「その必要はないよ、ロックオン」
「な、何故…!?彼は、あなたのものに、勝手に手を…」
「…それはそうだが。きみが何とも思っていなければ、わたしはそれで構わない」
「……!」

冷淡に微笑され、ロックオンは息を飲んだ。
離れることも許さないのに、心を動かされるなと…言うのか。
やはり、自分がハレルヤにどうしようもなく引き付けられていることに、彼は気付いているのだろう。
まるで生殺しだ。それを、この男は楽しんでいる。
彼にとって、ロックオンの苦しみや葛藤がひそやかな楽しみであり、快楽なのだ。
ただの戯れだ。そこまで、自分に執着している訳でもないことは知っている。
毛色の変わった子猫を側に置いているのは、彼の方だ。
でも、そんな他愛もないお遊びに、ハレルヤを巻き込む訳にはいかない。
彼もきっと、ただでは済まない。
最悪の場合は、また、ロックオンの前からいなくなってしまうかも知れない。
あの写真の男と同じように。
想像すると、軽い吐き気が込み上げた。

結局、どうすることも出来ないまま、数週間が過ぎた。
その間も、思い出すのはあの荒っぽいハレルヤの指先だけだ。
体の奥まで貫いて、繋がった場所が熱くて、今でも彼を見るたび疼く。
耳元で自分を呼ぶ声が、首筋に掛かる吐息が、ロックオンの胸中を熱くして、脳内を犯していく。
まともな判断が出来なくなる。

ハレルヤは、何を考えているのか。あれからは一切触れて来ない。
でも、たまに自分を見詰めるあの目。
殺してやる、とでも言いそうな、凶悪で冷徹で悪意に満ちた。
けれど、狂おしいまでに情欲に溢れた、危険な目だ。

ロックオンは震える吐息を吐き出した。
いっそのこと、何も考えずに、あの乱暴な腕で滅茶苦茶にされてしまいたい。
そうであれば、どんなに…。



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