急に解放された体は、支えをなくして力なく床に崩れ落ちた。
見下ろすハレルヤの表情は、見えない。
何か言われる前にと、ロックオンは性急に呼吸を整えて口を開いた。
「気が済んだなら、もう帰れ」
「ロックオン」
「聞きたくねぇよ、何も」
「……」
何か問い質されたら、上手くはぐらかす自信がない。
その上、熱を放った今でも体の芯が熱くて、どうにかなりそうだ。
投げ遣りに告げると、少しの間の後、ハレルヤは無言のまま踵を返した。
なぜ彼が言うまま大人しく帰ったのか、考える余裕もなかった。
足音が聞こえなくなると、ロックオンは膝に顔を埋めた。
ハレルヤ。
無茶苦茶してくれる。本当に、とんでもないヤツだ。
でも。ここまで来てしまったら、もう、離れるしかない。
彼をここへ立ち入らせない方法なら、幾らでもある。
苦い吐息を吐き出して、ロックオンはゆっくりと立ち上がった。
どの道、今日店を開けることは出来そうもなかった。
「昨日、勝手に店を休んだ訳は?」
静かに問い詰める声に、ロックオンは目を伏せた。
白々しい言い訳をするより、自分にはある考えあった。
「すみません…お詫びは、幾らでもします。でも…」
「好き勝手されたのだろう、あの子猫に」
「……!」
言い当てられて、ロックオンは言葉を止め、軽く溜息を吐いた。
「…知って、いたんですか」
何となく。そんな気はしていた。
ハレルヤに自分の仕事のことを告げたのも、きっとこの男だ。
でも、それなら話が早い。
「では、説明する手間が省けると言うものです。彼を二度と店に出入り出来ないようにして下さい」
そうすれば、離れることが出来る。
会わずにいれば、いつかは…忘れてしまえるものだ。
けれど、感情を押し殺して要望は、あっさりと一蹴されてしまった。
「その必要はないよ、ロックオン」
「な、何故…!?彼は、あなたのものに、勝手に手を…」
「…それはそうだが。きみが何とも思っていなければ、わたしはそれで構わない」
「……!」
冷淡に微笑され、ロックオンは息を飲んだ。
離れることも許さないのに、心を動かされるなと…言うのか。
やはり、自分がハレルヤにどうしようもなく引き付けられていることに、彼は気付いているのだろう。
まるで生殺しだ。それを、この男は楽しんでいる。
彼にとって、ロックオンの苦しみや葛藤がひそやかな楽しみであり、快楽なのだ。
ただの戯れだ。そこまで、自分に執着している訳でもないことは知っている。
毛色の変わった子猫を側に置いているのは、彼の方だ。
でも、そんな他愛もないお遊びに、ハレルヤを巻き込む訳にはいかない。
彼もきっと、ただでは済まない。
最悪の場合は、また、ロックオンの前からいなくなってしまうかも知れない。
あの写真の男と同じように。
想像すると、軽い吐き気が込み上げた。
結局、どうすることも出来ないまま、数週間が過ぎた。
その間も、思い出すのはあの荒っぽいハレルヤの指先だけだ。
体の奥まで貫いて、繋がった場所が熱くて、今でも彼を見るたび疼く。
耳元で自分を呼ぶ声が、首筋に掛かる吐息が、ロックオンの胸中を熱くして、脳内を犯していく。
まともな判断が出来なくなる。
ハレルヤは、何を考えているのか。あれからは一切触れて来ない。
でも、たまに自分を見詰めるあの目。
殺してやる、とでも言いそうな、凶悪で冷徹で悪意に満ちた。
けれど、狂おしいまでに情欲に溢れた、危険な目だ。
ロックオンは震える吐息を吐き出した。
いっそのこと、何も考えずに、あの乱暴な腕で滅茶苦茶にされてしまいたい。
そうであれば、どんなに…。
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