「キスの仕方が解らないって…おい、何だよそれ」
心底落ち込んだような困ったような顔で俯く年下の男に、ロックオンは頭を抱えて呆れた声を上げた。
「新しく入ったヤツ、面倒見てやってくれないか」
ロックオンにそんな声が掛かったのは、数日前のことだ。
「え、ああ、いいぜ」
普段から面倒見の良い自分の元に、新人の世話話が回ってくるのはいつものことだ。
明るく相槌を打つと、ロックオンは紹介された男へ視線を巡らせた。
「よ、よろしくお願いします」
「よろしくな、俺はロックオンだ。ロックオン・ストラトス」
緊張した面持ちで頭を下げる彼に、ロックオンは軽い調子で声を上げた。
「お前は?」
「あ、アレルヤです。アレルヤ・ハプティズム」
「そうか、よろしくな、アレルヤ」
整った顔立ちに、引き締まった体。なかなかいい男だ。
頑張れば、きっとすぐ皆を脅かすような存在になるだろう。
でも、何と言うか、ちょっと控えめ過ぎないか。
ロックオンは少し考えて、徐にアレルヤの顔半分を覆う前髪に手を伸ばした。
「お前、前髪上げた方が良くないか」
「え、あ…」
言いながら、ぐい、と髪を掻き上げて、ロックオンは目を丸くした。
「お前、目が…」
「…ええ、そう、なんです」
左右で目の色が違う。だから隠しているのだろうか。
綺麗な金と銀の目。
隠しておくには勿体無いと、咄嗟に思った。
「こうやってさ、前髪上げてろよ。こっちの方がいいぜ、な?」
「は、はい…」
笑顔を浮かべて言うと、アレルヤは少し照れたように頬を赤くして、どぎまぎしながらも頷いた。
出会いはそんな感じだった。
その後も、ロックオンは何かとよくアレルヤの面倒を見てやった。
彼は何でこの世界に入って来てしまったのかと思うほど奥手で内気で、その度によくやきもきさせられた。
でも、彼はロックオンの言うことをよく聞いて、懐いてくれていた。
そんなところは、素直で何だか可愛い。
「ロックオン、あの…」
忙しいときでも、そんな風に声を掛けられると、無下に出来ない。
よく店の控え室に呼び出して、何だかんだとアドバイスを与えてやった。
数日もすると、その冷たそうな容貌に反しておっとりとしたところとか天然ぽいところが良いのか、ロックオンが予想した通り、彼の人気は急激に上がっていた。
もう、心配ないだろう。
これでやっと、自分の客を相手にすることに集中出来る。
でも、安心したのは束の間のことだった。
「悪い、ちょっと来てくれ、ロックオン」
「……?」
閉店後、店の片付けをしていると、突然先輩に呼び止められ、言われるままに控え室に向かった。
中に入るとは、項垂れた顔のアレルヤが立っている。
「どうか、したのか」
「話聞いてやってくれよ」
そんな言葉と共に、二人きりで部屋に残されてしまった。
どうやら、何か問題を起こしてしまったのだろう。
ずっと彼の面倒を見ていたのは自分だから、体よく押し付けられたと言うことか。
まぁ、いい。こう言うのは慣れている。
ロックオンは気を取り直して、彼の側へ足を進めた。
「どうした、アレルヤ。話してくれよ」
「は、はい…」
優しく促されて、アレルヤはぽつぽつと細かい経緯を話し始めた。
話を聞いてみると、どうやら客の女性を店の外まで送って行った際、抱きつかれてキスをされそうになったのだとか。それで、驚いて反射的に突き飛ばしてしまい、物凄く怒らせてしまった、と言うことらしい。
彼の話に、ロックオンは軽い頭痛を覚えた。
「何でんなことしたんだよ!少しくらい好みじゃないっつっても、我慢してやれよ」
「でも……」
「でもじゃねぇよ、でないと俺たちの仕事そのものが…」
「違うんです、ロックオン」
「……?」
突然、強い口調で言葉を遮られ、相手の顔を見返す。
すると、アレルヤは本当に心底困ったような、縋り付く目でこちらを見ていた。
「そうじゃなくて、したこと、ないから…」
「………はい?」
少しの間の後、恥ずかしそうに告げられた言葉に、物凄く間抜けな声が上がってしまった。
「じゃあ、何でお前この仕事やろうなんて思ったんだよ!」
既に皆帰ってしまい、今店には自分たちしかいない。
そんな中、呆れ声で問い詰めると、アレルヤは困ったように笑った。
「それは…、やらないかって、勧誘されて、つい…」
「つい、ねぇ…」
まぁ、理由は人それぞれだ。
これはとやかく言うことじゃない。
でも、キスしたことないってのは、どうなんだ。
この容姿だ。幾らでも相手はいるだろうに。
「キスくらい、慣れろ。簡単だ」
「どう…したらいいんですか」
じっと真面目な目で見詰められ、ロックオンは指先を持ち上げて彼の頬に触れた。
「簡単だろ?こう、ちょっと頬に触るとかしてさ」
「………」
わざわざ手本を見せているのに、顔に触れた途端、彼は何だかぼうっとしたような顔になって、そのまま呆けている。
「アレルヤ、ぼさっとしてねぇで、やってみろ」
「…っ!は、はい」
幾分きつい調子で告げると、彼はハッとして、言われるままに手を上げた。
「こう、ですか」
温かい手の平が、ロックオンの頬を撫でる。
優しい動きに、問題はない。
「で、そのままさ、軽く…」
「はい」
「……?!」
直後、言葉を遮って、いきなり、むに、と唇を押し付けられ、ロックオンはこれ以上ないほど目を見開いた。
「お、前!何本当にしてんだよ!!」
驚きのあまり、ドン!と力を込めて押し返すと、アレルヤも本当にびっくりしたような顔になった。
「あ、す、すみません…でも、やってみろって」
「バカやろ!本当にしろなんて言ってねぇだろ、真似でいいんだよ」
「は、はい」
「全く、俺らがキスしてどうするんだよ」
「すみません。でも、お陰でよく解かりました」
「あ?」
「キスの仕方も、突き飛ばされたりしたら、凄くショックなんだなってことも…」
「あ、ああ…」
柔らかく微笑まれて、拍子抜けしたように肩を落とす。
「あー、まぁ、いいか。キスくらい」
「教えてくれて、ありがとうございます、ロックオン」
「い、いや…」
教えたって言うのだろうか、あんな、たかが唇をくっつけただけのキスで。
でも、これ以上係わるのは何だか。
そう思いながらも、いきなり女性とそう言う深いキスになったときの彼の反応を想像して、結局放っておけなくなってしまった。
「え?さっきのだけじゃ、駄目、なんですか?」
続きがあるのだと話すと、アレルヤはきょとんとしたように目を丸くした。
本当に一体、どう言う生活をして来たんだ。頭が痛くなる。
でも、乗りかかった船だ。
「ああ、そうだ。もっとなんつーか、舌を入れたり絡めたり、色々するんだよ」
「色々って…」
「説明しないと解かんねぇかなぁ」
「ええ、是非、お願いします」
物凄くやる気のなさそうな声で言ったのに、アレルヤはぎゅっと両の拳を握り締め、そしてこくんと首を縦に振った。
それから、数分後。
「何してんだよ、お前は!」
再び部屋にはロックオンの奇声が響き渡って、ドン!と言う音が続いて聞こえた。
「な、何って…」
喚いた後に、ぐい、と濡れた唇を手の甲で拭うと、アレルヤは少し傷付いたような顔になった。
どうも、この顔に弱い。反則だ、こんなの。
「本当に舌入れんな!つーかいきなりするな!ゆっくりやるんだよ、全く…」
「どんな感じに?」
「だからさ、こう…」
そこまで言って、ロックオンは一段と深い溜息を吐いた。
何だって、こんなことまで実戦で教えてやらなきゃいけないんだ。
幾ら乗りかかった船とは言え…。
でも、ここまで来たら腹は括るしかない。
面倒見の良い自分の性格を少し呪ったけれど、性分だから仕方ない。
ロックオンは一度軽く息を吐いて、それからアレルヤに向かい合った。
ゆっくりと唇が触れて、アレルヤの感触を直に味わう。
温かくて濡れた感触だ。なんで、男とこんなことをしているのだと思いながらも、嫌な感じはしない。
当然だ、これはあくまで教えてやっているだけだから。
そんなことを考えながら、ほぼヤケになったように、滑らかな口内に舌先を侵入させた。
舌が触れ合うと、アレルヤはびくりとしたように反応を返して来た。
初めてする深いキスに戸惑いを覚えているのかと思ったけれど、それだけではなさそうだ。
彼はロックオンがややおざなりに吸い付いている動きに触発されたのか、自分でもぎこちなく舌を動かし始めた。
「……んっ」
これは、何かまずい。
そう思って離れようとすると、突然後頭部を抱えられた。
「んっ、んっ?!」
どうやら、逃がす気はないらしい。
あくまでぎこちなく、ちゅ、ちゅ、と軽く吸いつきながら、アレルヤは少しずつキスを深くして行く。
まるで、この行為に心底夢中になっているとでも言うように。
何も、ここまで。
そう思っていたら、体に腕が回り、痛いほど抱き締められた。
本当に、真面目に痛いほど。
「いててて!」
流石に耐え切れなくなって、またしても思い切り彼を突き飛ばした。
これで、三度目だ。
「そんな締め付けるヤツがあるか!もっと優しくするんだよ!」
「す、すみません…」
「全く、なんてバカ力だ」
「よく、言われます」
「褒めてねぇ」
「すみません」
そんな会話の後、アレルヤはすぐ気を取り直したように腕を上げ、こちらのの背中に回して来た。
「こうかな」
そう言う彼の腕は逞しくて、加減さえしてくれれば、とても優しくて問題ない。
「あ、ああ…、……んっ」
頷いた途端、抱き締められたままの状態で、再びアレルヤは唇を重ねて来た。
もう、キスはしなくても!
そう怒鳴る前に、深く貪られて、声が飲み込まれる。
手の平がゆっくりと胸元と腰の辺りを撫で、不覚にもびくりとしてしまった。
「んっ、んーっ」
もがいても、びくともしない。痛いほど押さえつけられている訳じゃないのに、何故か逃げ出せない。
結局そのまま、彼の望む通りに思う存分濃厚なキスをお見舞いされてしまった。
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