ロックオン・ストラトスは優れた射撃の腕を買われて、国境警備隊の隊員として働いている。
毎日毎日、国境を越えようとする大罪を犯すものが絶えなくて、ロックオンの仕事も多忙だ。
見つければ、その場で引き金を引く。何かしら思うことはあったけれど、そのことに躊躇いはなかった。
増え過ぎた人口を抑制する為、現在世界は四つの国に分かれている。男だけの国、女だけの国、男と女が住む国。子供を設けることが出来るのは、その男女の国に住む者だけだ。
そしてもう一つ。謎に包まれている、四つ目の国。全ての研究者やら科学者やらがそこに集結しているらしいけれど、詳しいことは知らされていない。そして、その国から国境を越えて来るものが後を絶たないのだ。
ロックオンがいるのは、男だけの国。だから、女と言うものは、よく知らない。生まれてすぐ両親とは引き離されて、この国で育った。両親は男女の国にいる。
そんなだから、男同士で体を重ねる者もいれば、アンドロイドなんて物を買う者もいる。男性タイプでも、女性タイプでも。ロックオンはどちらかと言うと前者だ。そして、それはここでは当たり前のことだった。
「ロックオン。お疲れさん」
「ああ、ラッセ。全く…最近仕事が多過ぎるぜ、すっかり肩が凝っちまった」
勤務を終えて着替えをしていると、同僚のラッセが入って来て、軽く手を上げて挨拶を交わすのに、笑顔を作る。けれど、ロックオンの台詞に彼は徐に眉を顰めた。
「全くだ。最近、多いよなぁ。あの国からの密入国者が」
「だよな、頭の痛い仕事だ」
あの国。第四の国のことだ。情報は公開されず、解からないことも多い。だが、何故逃げて来る者が多発しているのか、警備隊である自分たちが知る必要はない。
「まぁ、そのお陰で俺たちの給料は上がりっぱなしだけどな」
「まぁ、そうだな」
他愛もない会話に摩り替えて、二人はお互い溜息を漏らした。
ラッセは寡黙で、愛想があるとは言えないかも知れないが、気のいい男だ。彼なりに、気に病んでいるのだろう。
「じゃ、お先」
重々しくなった空気を打ち破るように軽く声を上げると、ぐい、と腕が掴まれた。
「ちょっと待て。今日の帰り、店に付き合ってくれないか」
「ん…?」
「アンドロイドの、だ。ああ言うところは慣れなくてな…」
「ああ、構わないが…」
「家政婦用のが壊れちまってさ」
「ああ、そっちか」
頷くロックオンの脳裏には、先日寿命が来て回収して貰ったアンドロイドの姿が浮かんだ。
「俺も、適当に見繕うかな」
「お前ならあんなのじゃなく、生身でいくらでもいるだろ」
ラッセの言葉に、他意はない。ロックオンは笑顔を浮かべて、肩を竦めた。
「そうだけどよ、面倒臭いのは苦手なんでね」
実際、ロックオンの容姿は他の男たちから見ても、そう言う対象になり易いらしく。以前は何だかんだ痴話喧嘩だのに巻き込まれて煩わしい思いをした。だから、今は生身の男とは関係など持たない。欲求を発散させるなら、同じことだ。それ以上の感情を抱いたことも、まだない。
その点、ラッセは唯一本当に気の許せる友人だった。
二人で連れ立って、派手なネオンの光る店の前で車を止める。ラッセが家政婦用のそれを探している間、ロックオンもお目当ての売り場へと足を運んだ。
ずらりと並んでいる、見た目には人間と殆ど変わらない、整った外見の人形たち。触れれば柔らかいし、温かい。言葉も人並みに話す。そう言う用途に作られたものなら、尚更。
好みの顔と体格の男性型を探す中、ロックオンの視線はふとある一体の上で止まった。
「ん……?」
(何だ、あれ…)
目に留まったのは、一番隅で大人しそうに俯いているアンドロイドだった。他のものは皆自分を必死にアピールするため、最高の笑顔を振りまいたり、誘うような仕草をしている。そう言う風に出来ているのだ。なのに、一番端の男はロックオンの視線に気付くと、意思表示するどころか、気恥ずかしそうに顔を伏せた。ますます不思議に思って、足を進めて側に近付いてみる。
「ああ、それ、発注したのと違うのが届いたんですよ。愛想もないし、送り返そうと思ってるんですがね」
首を傾げるロックオンに気付いて、店主が苦笑交じりにそう言った。
「へぇ……そうかい」
まぁ、セクシャルアンドロイドのくせに、これは致命的欠陥だ。いい体をしているし、顔も悪くはないけれど、もしかしたら他の意図があって設計されたのかも知れない。
ロックオンは興味本位で手を伸ばして、その逞しい胸筋の辺りを撫でた。途端、びく、と身が揺れ、その彼はますます身を硬くした。頬が赤く染まり、緊張しているようにも見える。今まで見たことのない反応だった。
普通のアンドロイドには、もう飽きていたのかも知れない。ロックオンは興味を引かれ、彼を購入することにした。
金を払い、店の外へと連れて帰る途中、彼はおどおどした態度で声を上げた。
「あ、あの、買って下さって…ありがとう、ございます」
「いや……」
ぽかんとしながらも、取り敢えず返事を返す。本当に、どう言う設計をされているんだ。
何だろう。変なヤツだ。
一瞬、返品しようかとも思ったが、試す価値はある。何より、切れ長で冷淡そうなグレイの目に屈強な体は、どちらかと言うとロックオンの好みだった。
家に着くと、ロックオンはベストを脱いでテーブルに放り、呆然と立ち尽くしている彼に声を掛けた。
「んじゃ、まぁ…適当にヤろうぜ。ベッドに先行ってろ。俺はシャワー浴びて来る。上でも下でも、どっちでもいいけどな」
途端、彼は目を丸くし、そしてゆるゆると首を横に振った。
「いや、です」
「あ……?」
一瞬、何を言われたのか解からなくて、間抜けな声が出た。
何だ。今、こいつは何と言った?
「おいおい、お前は、アンドロイドだろうが?俺の言うこと聞くのが、仕事だろ」
「でも、それは…いやです。出来ません」
今度は、少しムッとしたような返答が返って来た。
怒りよりも何よりも、呆れて物も言えなくなる。
「何だよ、やっぱり欠陥品か?仕方ないな、明日返品するか」
独り言のように呟いた途端、彼はびくりと身を揺らした。
「あっ、待って、待って下さい!お願いします!」
「あ、何だって…」
ぎゅっと腕を取られて、目を丸くする。彼は何だかとてつもなく必死な様子で縋り付き、頭を下げた。
「すみません!もう、二度と言いませんから、だから返品しないで下さい」
「い、いや、でも…」
「お願い、です。ここを出たら、他に行くところなんて、ない。だから…お願いです」
「う、あ…、ああ…」
ただならぬ雰囲気に圧倒されて、ロックオンは首を縦に振るしかなかった。
こうも哀願されると、アンドロイドとは言え、気の毒になって来る。どうも、なかなか凝った設計らしい。
結局、返品は諦め、ロックオンは溜息を吐くとベッドに腰掛けた。
「じゃあ、お前…」
「名前は、アレルヤです、ロックオン」
「え…、名前?あんのか」
「ええ……」
普通、新品なら名前はついていないはずだ。
中古なのかと聞くと、それは違うと言う。全く持って、変わったヤツだ。
「じゃあ、アレルヤ」
「はい…」
「ええと、その…キスすんのもなしか?」
「いえ、それくらい、なら」
半ばヤケになって聞くと、彼はゆっくりと首を振り、そして足を進めて隣に腰を下ろした。
彼の手が持ち上がって、ゆっくりとロックオンの頬を撫でる。たどたどしい、ぎこちない手つき。
それに、緊張しているのだろうか。頬は真っ赤に高潮し、耳まで赤くなっている。たかが、キス一つに。
(何だよ、全く。調子狂うな)
釣られて、こっちまで赤くなってしまった。
それでも、ゆっくりと目を閉じた後、優しく触れた唇は温かく、どんな人形たちよりも血が通っているような気がした。
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