柔らかそうなくせのある茶色の髪と、青いような翠色のような綺麗な目。
一度見たら忘れられないと、初めて会ったとき思った。
その彼が、突然目の前に現れたのは、秋の始めの肌寒い日だった。
「よう、アレルヤ」
そう、優しい顔で微笑まれて、アレルヤは目を見開いた。
思わず、胸の奥がきゅっと痛くなるような、切ない気持ちが込み上げて、咄嗟に言葉が出なかった。
「何だよ、忘れちまったのか、俺だよ」
「わ、忘れるはずないですよ、ロックオン。ロックオン・ストラトス」
慌てて懐かしい彼の名を呼ぶと、目の前の男は満足そうに笑った。
「あー良かった。忘れられてたら、切ないぜ」
「そんなはずないじゃないか…。驚いただけです。三年ぶりですね、ロックオン」
アレルヤとロックオンは、同じ高等専門学校に通っていた。
アレルヤが一年のとき、彼は四年生で、ロックオンは校内でも有名な人だった。
アレルヤは、一目見て彼の明るい性格と綺麗な容貌に憧れのような気持ちを抱いた。
年の離れた人だったけれど、何故かよくアレルヤに構ってくれて、いつも何だかんだと話をした。
彼は本当に優しくて、アレルヤは彼と過ごす時間がとても大切だった。
でも。月日は流れて、二年後、彼は卒業してしまった。
その時は、胸にぽっかりと大きな穴が空いてしまったように寂しかった。
それで、気付いた。
手の届かないような遠い人だったけれど、アレルヤは、確かに彼に恋をしていた。
その後の数年、少し付き合いをした相手はいたけれど、何だか、いつもあの綺麗な色の目を思い出してしまって、その度に何とも言えない気持ちになった。
もっと、きちんと連絡を取り合えるようにすれば良かった。
そう思っては幾度も後悔したけれど、どうしようもない。
あの頃は、会おうと思えばまたいつでも会えるのだと、何故か簡単に思っていた。
その彼が、どうして今頃。
呆然としたままのアレルヤに、ロックオンは少し困ったように笑った。
「なぁ、突然で本当に悪いんだけどさ」
「……?」
「二週間ほど、泊めてくれないか」
「……え?」
「図々しいのは解かってる。でも、頼むよ、アレルヤ」
意外な申し出に、アレルヤはグレイの目に探るような色を浮かべた。
「何か、あったんですか」
「いや、そう言う訳じゃねぇ」
「でも、二週間もだなんて。それに、仕事は…?」
「アレルヤ、頼む。何も聞かないで欲しいんだ、勝手だって解かってるさ、でも…」
「ロックオン…」
正直、不可解な思いは拭えない。
でも。ロックオンの頼みだ。
そんな風に言われて、断れるはずがない。
少しの間の後。アレルヤは首をゆっくり縦に振って、笑顔を浮かべた。
「ええ、構いませんよ」
「本当か?」
「ええ…」
「そうか。ありがとな、アレルヤ」
そう言って、心底ホッとして胸を撫で下ろしたロックオンの姿に、アレルヤは眩しいものでも見るように目を細めた。
それから、何だか奇妙な生活が始まった。
朝、目を覚ますとロックオンの姿が隣にある。
ベッドは一つしかないから、床に引いたマットにごろりと横になっている姿は、寛いでいる猫のようにも見えた。
柔らかい髪にますますクセがついていて、何だか可笑しい。
そっと触れようと何度も手を伸ばしたけれど、その度に躊躇した。
アレルヤが起き出して支度をしていると、やがてロックオンも目を覚まし、ごそごそと毛布を整えながら眠そうな声を発する。
「ん…朝か」
「おはよう、ロックオン」
「ああ、おはよう、アレルヤ」
蕩けたような声でそう言う彼の様子は、憧れだけ抱いていた頃の彼とは違って、何だか可愛らしくも見えた。
「何か作るぜ、食べるだろ、アレルヤ」
「え…、でも、昨日も作って貰ったのに」
「いいんだよ」
そんなことを言いながら、ロックオンは冷蔵庫の中を物色し始める。
「お、じゃがいも、あるな」
「ああ、昨日買って来たんですよ」
「へぇ、そうか」
機嫌の良さそうな彼の笑顔に、アレルヤは首を傾げた。
「どうかした?」
「好きなんだよ、じゃがいも」
「そう、なんですか」
そう言う、今まで知らなかったことを発見する度に、何だか嬉しいようなくすぐったいような気持ちになった。
そして、彼はアレルヤが仕事に出掛けるときは、いつも玄関まで出て来て見送ってくれる。
「気を付けてな」
「ええ、あなたこそ。変な人が来ても出ちゃ駄目ですよ」
「解かってるって、子供じゃねぇんだぞ」
「すみません」
そんな、何となく新婚夫婦のような会話を交わして、マンションの部屋を出る。
いつもは何も思わない、薄暗い感じの通路もエレベーターも、それだけで明るい色に見えた。
ロックオンは本当に優しかった。
あれから、アレルヤが何を聞いてもはぐらかして、本当の目的は答えてくれなかったけど。
でも、そんな不信感などどこかへ消えてしまうほど、彼との生活は素晴らしかった。
何だか、最近明るくなったと同僚に言われて、照れ臭かった。
きっと、ロックオンのお陰だ。大好きな彼と、こうして生活している。
ほんの二週間のことで、もう、このとき既に半分は過ぎていたけれど。
でも、もう以前と同じ轍は踏まない。
今度こそ、あの人が一体どこに住んでいるのか、どんな仕事をしているのか。それを聞いて、また会いに行こう。
(ロックオン)
きっと、彼は今度こそ答えてくれる。
今は訳あって言えないのだろうけど、約束の期日が終れば、きっと。
その晩は、仕事を終えた後、同僚に缶ビールを1本だけ貰って、家に帰って来た。
最近は、いつも帰ると美味しそうな料理がテーブルに並んでいる。
じゃがいもが好きだと言った通り、彼の作る料理にはだいたいそれが入っていた。
正直、彼となら何を食べても美味しいと思っていたので、アレルヤは満足だった。
「ビール貰ったんですよ。食事の後に飲みませんか」
「お…、じゃあ、冷やしておくよ」
「ええ、お願いします」
貰ったビールの缶を渡すと、ロックオンはきょとんとしたような顔になった。
「ん?一本しかないのか」
「え…、あ…。ご、ごめん。もう一つ買ってくれば良かったね」
早く帰ることに夢中で、思い付きもしなかった。
「気にすんな、二人で分けようぜ」
気の利かない自分にアレルヤは落ち込んだけれど、ロックオンはそう言って明るく笑い飛ばしてくれた。
そして、食事の後。
「ほら、飲めよアレルヤ」
そんな台詞と共に差し出された缶に、アレルヤはドキっと鼓動が跳ねるのを感じた。
だって、その缶には、たった今ロックオンが口を付けたばかりだ。
こんなことを気にしているなんて可笑しいけれど、でも、相手がロックオンだから、気になる。
でも、受け取らない訳には行かないから、緊張しながら缶をその手から取って、アレルヤはゆっくりと口を付けた。
すぅっと口内に流れ込んで来るほろ苦い味よりも何よりも、押し当てた冷たい缶の感触を、アレルヤはずっと忘れられないだろうと思った。
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