Operation Mind2




それから、アレルヤの要請で、週二回だったバイトが四回に増えた。
何でも、集中して勉強したいから、だそうだ。
どの道、空いた日は他の生徒を取ろうと思っていたので、ロックオンは快く引き受けた。
バイト代も割といいし、アレルヤは本当に素直だったし、至れり尽くせりだ。
女の子と遊んでいる暇がないのが玉に瑕だけど、この際仕方ない。
ただ、何度行っても、その弟とやらに会うことは出来なかった。
代わりに、ロックオンを待っていたのはアレルヤの質問攻めだった。

「先生って、彼女とかいますか?」
「何だよ、不躾に」
「すみません、ちょっと気になって」
「残念ながら、今はいないよ、特定の人はね」
「そうですか」

こんなやり取りやら。

「先生の好きなタイプって、どんな人ですか」
「うーん、年上かな…。お前は?」
「それは、今は秘密です。その内…」
「何だよ、人に聞いておいて」
「それより、今までの彼女は…」

などなど。
まるでその弟とでもいるように二人分喋るので、退屈はしなかった。

「もういいだろ、それより、問題は進んだのかよ」
「ええ。今…終わります」
「……」

彼の言う通り、問題用紙はほぼ埋め尽くされていた。あんなに会話を交わしていたと言うのに。
しかも、採点してみると、全問正解と来た。
一体、この自分は本当に彼に必要なのか。そんなことを考えないでもなかったけれど。

「先生が来てくれて、本当に助かってます。出来れば、毎日でも来て欲しい」

アレルヤがそんなことを言うので、結局は何も言えなくなった。
だいたい、割の良いバイトを自分から手放す手もない。
それに、ここまで素直に懐かれると、悪い気はしなかった。



夏休みも半ばに差し掛かった頃、ロックオンはバイトのない日に友人と遊びに行った。

「お前、本当に付き合い悪くなったよな」

そう言われて、ロックオンは肩を竦めた。

「まぁ、仕方ないだろ。バイトが忙しいんだからよ」

それにしても、本当に友人の言う通りだ。前は女の子たちとだって良く遊んでいたのに。
面倒見の良いロックオンは後輩の女の子たちにも慕われていて、皆で飲みに行ったりしていたものだ。
皆寂しがっていると聞いて、ロックオンも何だか久し振りに飲んで騒ぎたくなった。

「じゃあさ、あいつら皆呼ぼうか。夕方から飲もうぜ」

そう言うと、友人は喜んで皆を呼び寄せた。
あっと言う間に大人数になり、何だかんだ騒ぎつつ夜の街を歩いていると。
ロックオンはふと、雑踏の中に見慣れた人物を見掛けた。

(ん……?)

あれは……。間違いない、アレルヤだ。
雑然とした雰囲気の中で、どうしてそんなに目についたのか解からない。
彼が、かなり整った顔をしていたからだろうか。
でも、彼はまだ未成年だ。こんな飲み屋街の一角で何をしているのか。
ロックオンは肩に回った友人の腕を振り解いて、足を進めた。

「アレルヤ!」

呼び掛けると、彼はゆっくりと振り向いた。
切れ長の目に長めの髪の毛。そして、逞しい体。間違いない、アレルヤだ。

「お前、何やってんだよ、こんなとこで」
「……」

ロックオンの問い掛けに、彼は何も言わなかった。
何となく、雰囲気がいつもと違う気がするのは、今顔を合わせているのが別の場所だからだろうか。
何となく、彼の持つ独特の穏やかさなど微塵も感じられない。
整い過ぎた顔は、冷淡な印象すら受けた。
それに、もう一つ。

(目が……?)

何だか、違和感がある。確かにアレルヤなのに、何だか。
その正体に気付きそうになった途端、アレルヤはくるりと身を翻した。

「おい、アレルヤ!」

呼び声にも耳を貸さず、彼はそのまま行ってしまった。

(な、何だあいつ、無視かぁ?)

いつもの素直な様子はどこへやら。自分に気付かなかった訳でもあるまいし。
ひたすら首を傾げたロックオンだったけれど、仲間の元に戻って騒ぐうち、そんな気持ちはどこかへ行ってしまった。

翌日。

「う…頭、いてぇ…」

ベッドの上で身を起こして、ロックオンは頭を抱えた。
昨日飲み過ぎた。頭がズキズキ痛むし、吐き気も酷い。
その上、時計を見るともう優に正午を回っていた。

(し、しまった!)

血相を変えてベッドから飛び降りる。
アレルヤとの約束の時間は、とっくに過ぎてしまっていた。
慌てて携帯を手にとって、ロックオンは以前聞いていたアレルヤの電話番号を呼び出した。

『もしもし』
「あ、アレルヤ!悪い、俺…」

慌てて謝罪すると、くす、と笑う声が聞こえた。

『そんなに慌てないで下さい。具合悪いなら、今日は休んでいいですよ』
「い、いやでも、二日酔いなだけなんだ、だから…」
『大丈夫ですよ。気にしないで、その代わり、今週は代わりの日に来て下さいね』
「あ、ああ…それで、いいなら…」

何となく罪悪感に苛まれながら、ロックオンは電話を切った。
そう言えば…。昨日、雑踏の中でアレルヤを見掛けた気がするけれど。
何だろう、よく思い出せない。でも、きっと気のせいだ。
彼があんな態度を取るなんて、想像出来ない。現に今もとても礼儀正しくて優しかった。
余計な考えを振り払うと、ロックオンは再びベッドに突っ伏した。



アレルヤの家に出向いたのは、その二日後だ。

「アレルヤ、悪い…この前は…」
「もういいですよ、気にしないで」

優しい顔でそう言うアレルヤに、ロックオンも素直に頷いた。

その後、いつものように勉強を始めていると。
不意にアレルヤが口を開いた。

「そう言えば、先生。この前の人たちって…誰なんですか」
「え……?」

唐突な質問に、少し考えて、すぐに思い当たる。
二日前、友人や後輩たちと飲みに行ったときのことだ。

「この前って…お前、ちゃんと気付いて」
「すみません、ちょっと急いでいたもので」
「そう、か…」
「それより、誰なんですか?」
「え、ああ…。大学の友人だ。気のいいヤツらでさ。この前も…」

いつもの、質問攻めだ。そう思って、ロックオンは軽い調子で応えた。
言葉を止めたのは、不意に腕を捉えられたからだ。

「……?」

ハッとして顔を上げると、てっきり微笑していると思ったアレルヤの顔には、何の表情も浮かんでいなかった。

「あの人たちと、良く会うの」
「アレ、ルヤ?」

よく会うも何も、大学の友人たちだ。そう返そうとしたのに、言葉が出て来ない。
ぐっと力を込められて、ロックオンはびくりと肩を引き攣らせた。

「お、い…痛い、離せ」

思ったより、ずっと引き攣った声が出た。
無表情だと思ったけれど、違う。これは、何と言うか、静かな怒りのような…。

「アレルヤ…?」

恐る恐る名前を呼ぶと、彼はさっと手を離した。

「ああ、すみません。ぼく、結構力強いんですよ」
「…っ、そう、か…」

先ほどまでの様子が嘘のように笑顔を浮かべたアレルヤに、ロックオンはただ呆然とそう返すしかなかった。



NEXT