Pull Me3




彼、アレルヤとそんなやり取りをした後。何故だか、いつものように街へ繰り出す気には二度とならなかった。
どうしてと、考えるまでもない。
ロックオンはデスクに頬杖を突き、苛立たしげな溜息を吐き出した。
脳裏に浮かぶのは、彼、アレルヤのあのときの顔ばかりだ。
アレルヤ…。
何で、突然あんなことを言い出したのだ。あんな真剣な顔で、熱の籠もった眼差しで、この自分を、抱くだなんて。

「……っ」

思わず耳元で囁くリアルな声色を思い出して、ロックオンは近くにあった壁に拳を打ち付けた。
あんなことを、アレルヤが口にしたなんて、今でも信じられない。言わせたのは、自分だ。そんなつもりじゃなかったのに。
いや、自分が彼に与える影響を、甘くみていた。
確かに…。目の前にちらつかされた存在は酷く魅力的で、ロックオンの心を揺るがさないはずがない。
アレルヤ・ハプティズム。屈強な体に冷淡にも見える整った顔。でも、とても穏やかで優しい。
嫌いじゃない。寧ろ、好意を持っている。でも、弟のような存在だし、何より仲間だ。
確かに、あの手に触れられたら、と思わなかった訳じゃない。
けれど。

(出来るかよ、んなこと…)

いつかの必死な彼の目を思い出して、ロックオンは思わず小さく頭を振った。

けれど、このままでいいはずない。
アレルヤがあんなことを言い出したのも、何かの気の迷いだ。自分の行動が、彼にいつもと違う悪戯心を生み出してしまったに違いない。
若い好奇心が刺激され、あんなことを言っているだけなのだ。
ロックオンは苦い溜息を吐き、そして車のキーを手に取った。酒でも飲みに行こう。何も考えられないほど、酔ってしまいたい。
でも、急なミッションが入れば対応できなくなるから、酒を飲むことは極力控えなくてはいけない。迷った末、ロックオンは再び街へと出ることにした。
けれど、車へと向かう途中、タイミング悪く再び廊下でアレルヤと擦れ違った。彼の姿を認めるなり、体が知らず緊張するように強張る。
いつもそうだけど、この彼のタイミング。良いのか、悪いのか。
彼はロックオンが手にした車のキーに目を留めると、すうっと息を飲み込んだ。

「ロックオン、どこへ?」

探るような色が、グレイの目に浮かび上がっている。
単なる好奇心などでは片付けられない、熱の籠もった目。
アレルヤが抱いている気持ちになど、とうに気付いているのに、気付かない振りをしていたい。
ロックオンはぐっと拳を握って、必死で平静を装った。

「どこでもいいだろ。残ってるの連中のこと、頼んだぜ」

軽い調子で言って、そのまま横を通り過ぎようとしたのに。その腕が擦れ違い様にがしりと捕まえられる。

「アレルヤ…!」

触れた場所に軽い痺れが走ったような錯覚がして、ロックオンは弾かれたように顔を上げた。
思わず、取り繕うのも忘れて戸惑う声が出る。
間近でこちらを覗き込むアレルヤの目は、傷付いたような、何かを一途に思うような強い力で溢れていた。

「解かってますよ、だいたい。あなたが行こうとしているところ」
「それなら、離せよ」

そう言い放ったのに、アレルヤはロックオンを解放するどころか、増々その指先に力を込めた。

「行かせない…」
「……っ」

ぎり、と力を込められて、息を詰める。

「絶対に、行かせない…」
「っ、離せ、アレル…」

言い掛けた直後。
捕まえられていた腕がぐい、と強く引かれ、ロックオンはバランスを崩した。
後頭部に素早く回された手にハッとするより早く、唇に柔らかい感触が押し当てられた。

「んっ、ん…っ!」

ぐっと、強く押し付けられたのは、アレルヤの唇だ。
一瞬、何が起きているのかも解からず、ただ翠の双眸を大きく見開く。限界まで広げた視界には、伏せられたアレルヤの長い睫がぼやけて映し出されていた。
遠慮がちに触れているだけだった唇は、やがて何度も吸い付くようにロックオンの唇を甘く噛み、息を吸い込もうとした隙間からは舌が捩じ込まれる。

「んぅ、んっ」

首を振って逃れようとすると、髪の毛がぎゅっと握り締められた。そのまま、深く貪られて、もがく体が抱きすくめられる。
何とか手を突っ張って彼の体を引き剥がす頃には、深くかわされたキスのせいで、呼吸はとっくに乱れて、唇はお互いの唾液でしっとりと濡れていた。

「ロックオン」
「……!!」

欲情を孕んだ声に名前を呼ばれ、ぞくりと肌が粟立つ。
流されそうになるのを堪えるように、ロックオンは声を荒げた。

「よ、せ、アレルヤ!駄目だ!」
「どうして!ぼくはずっと…あなたが…それなのに」
「アレルヤ…!」

どく、と鳴り響いた心臓の音が、頭の中にまで木霊する。
彼は、何を。何を言おうとしているのか。

「ロックオン、ぼくはずっと…」
「あ…っ」

徐に腰を抱かれて、びくっと肩が揺れた。

「よ、せ、止め…」

拒絶の声にもお構いなく、押し付けられた熱いものに思わず身が竦む。
そのまま、愛撫をするように肢体を這う熱い手の平を、ロックオンは必死の思いで振り解いた。

「止めろっ!アレルヤ!」

思い切り力を込めて振り払うと、アレルヤの目が驚いたように見開かれた。今にも泣き出しそうに歪んだ目から、ロックオンは視線を逸らした。

「ロックオン…」

呟きを落とす彼に、出来るだけ感情を殺して唇を開く。
頭の中はぐちゃぐちゃで、触れられていた場所が酷く熱いようで落ち着かなかったけれど、これだけは言わなくてはいけない。

「アレルヤ。お前とは、お前とだけは出来ない…」
「…っ、ロックオン……」

ますます傷付いたようなその声に、ずきりと胸の内が痛む。
そのまま、彼の顔を見ることも出来ず、痛い沈黙が広がった。
けれど、少しの間の後。
アレルヤは緊張を解くようにほっと吐息を吐き、そして静かに言葉を発した。

「解かりました…ロックオン。でも…」
「……?」
「抱かなくても…あなたを満足させることなら、出来る」
「え……」
「こっちへ」
「おい、アレルヤ?」

戸惑いに目を見開くロックオンの腕を取ると、アレルヤはそのまま有無を言わさない力で引き擦り始めた。



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