1〜のアレ視点。

Pull Me5




そっと、自分の隣で静かな寝息を立てている人物を見やって、アレルヤは小さく苦い息を吐き出した。

もう、こうやって夜中に彼の部屋にやって来るのは何度目だろう。
ロックオンは、いつも先に眠ってしまう。
無理もない。体を重ねている訳じゃないから、いつも限界を迎えるのは彼だけだ。
どうにもならない感情を持て余したまま、少しだけその寝顔を見詰めて、アレルヤはそっとベッドを降りた。

地上にいる間、ロックオンはこうして出来るだけアレルヤの側にいてくれる。
と言うより、自分の方が側にいるんだろうか。
こうなるに至った経緯を考えて、アレルヤはグレイの目を曇らせた。


数ヶ月前だったと思うけれど。
ロックオンを街で見掛けたとき、彼の隣にいるのは自分と同じような年恰好の男だった。
ただの知り合いには見えないのに、何だか友人でもないような、微妙な空気。
何となく、嫌な予感がした。
相手の男がロックオンに向けて抱いている感情、いや、欲求のようなものを、アレルヤは敏感に感じ取ってしまった。
いつも仄かに、彼に対してそういった感情を抱くことがあったからだ。
でも、始めは信じられなかった。
以前に朝帰りした彼と擦れ違ったとき、とてもいい匂いがしたから。
あの、花のような香り。彼の好きな人、彼の恋人ってどんな人だろう。
アレルヤにあまり知り合いはいないから、身近にいる人物を当て嵌めて想像したのは、スメラギのような、女性らしい魅力に溢れた人だった。
そう言えば、前に年上がいいって言っていた。
そう思ったとき、ズキ、と胸が強く痛んだけれど、だからと言ってどうすることも出来なかった。
真っ赤になったアレルヤに、ロックオンは軽い調子で、見逃してくれ、なんてことを言って去ってしまった。
けれど、そのとき痛んだ胸は後になってもずくずくと疼くだけで、一向に収まらない。
これが失恋なんだろうかと思うと、何だか自虐的な笑みが浮かんでしまう。
ロックオン相手に…、しかも伝えてもいない。なのに、こんな風に思うなんて。

そんな思いが燻っていたせいか。
後日、出かけようとしているロックオンを見つけて、つい、問いただすような言葉が口をついて出ていた。

「ロックオン、その人のこと、好きなんですね」

言ってから、後悔した。
好きだって答えが返って来るに決まっているのに。どうして好き好んで二度も失恋なんて。
そう思ったけれど、ロックオンからはいつまで経っても肯定の言葉が返って来なかった。
ただ、彼は縋るようなアレルヤの視線から居心地が悪そうに目を逸らし、そして言った。

「頼むよ、アレルヤ。俺を困らせるな」

これ以上、追求しないでくれ、そんな風に言っているように聞こえた。
どう言う意味だろう。
でも、確かに詮索は良くない。
そう思ったから、これ以上何も聞かないつもりだったのに。

でも、その後、偶然見掛けた彼が共にいたのは、アレルヤが思い描いていたような人物ではなかった。
驚いたし、それ以上にショックだった。でも、親しい間柄だと言うだけかも知れない。
何とかしてそう思おうとしたけれど、ざわざわと騒ぐ胸の内は収まらない。
そして、翌朝。疲れた顔でアジトに帰って来たロックオンは、何だか気だるげな顔をしていて、一目見ても解かるほどに何だか色っぽくて、きちんと整えられていない衣服から覗く白い肌は、いけないものでも見てしまったような感覚を呼び起こした。
いつも、見ているのに。何だか違う。
きっと、昨日一緒にいた、あの男だ。彼らの間に何かあったのだ。
何かが。
自分が想像した内容に、アレルヤは激しい嫌悪を覚え、身を震わせた。
ロックオンはきっと、あの男に抱かれていたんだ。そうに、違いない。
自分と同じような体格で、背も変わらなくて、どうしてあの男なら良くて、自分じゃ駄目なんだ。
そんなバカなことを考えて、アレルヤは頭を打ち振った。
こんな考えは、もしかしたら、思い違いかも知れない。
二人でずっと、一晩中飲んでいただけかも知れない。

けれど、疑惑はあっと言う間に確信に変わってしまった。
彼は、今度は別の男と一緒にホテル入って行った。

(ロックオン…)

ざわ、と肌が嫌な感じに粟立つのを感じた。
まさか、と言う思いが本物になる。
ロックオンの消えて行った建物を見詰めながら、アレルヤは自分が酷くショックを受けていることに気付いた。
失恋したのだと思ったときよりもずっともっと酷い。
何だか悔しくて、いても立ってもいられないような。
以前、相手のことが好きなのかと聞いたとき、彼が肯定しなかったのはこのせいか。
つまり、ロックオンが体を投げ出しているのは、好きでもない相手なんだ。相手だって、あの人のことを好きかなんて解からない。
アレルヤが、こんなにも切ないような思いを抱いているのに、ロックオンはどうして。
どうしてそんな、誰とも解からない相手と。
そう思ったら、もう押さえられなくなってしまった。

けれど…。ぼくが相手をすると告げたとき。拒否されたときは悲しかったけれど、今はそれでいいと思っている。
ただ体を重ねるだけの関係になどなりたくない。そんな風には扱えない。アレルヤのことを、仲間としては大事に思っていてくれると言う事だ。そう考えなくては辛くてどうしようもなかったけれど。間違ってはいないと思う。

アレルヤが優しく触れると、ロックオンは切なそうに小さく身を捩る。羞恥を押し殺しているようにも見えるし、流されないように必死になっているようにも見える。
勿論、彼の中に侵入して、思う存分この人を味わいたいと、思わない訳じゃない。
滅茶苦茶になるくらい突き上げて、仰け反った喉に唇を寄せたい。声が枯れるほど鳴かせて、アレルヤのこと以外考えられなくしてしまいたい。
でも、そうやって浮かび上がる激しい欲求も、あの身を焼くような嫉妬に比べれば、幾分もマシだった。
何より、彼が一晩中どこかへ出掛けていることがなくなった。
アレルヤが懇願した通り、他の誰とも体を重ねたりしていないのだろう。
それなら、いい。
彼の心が欲しくない訳じゃないけど。
狭い世界しか知らないアレルヤには、初めて知ったロックオンへの感情が、恋の全てのようで、他にどうしたら良いかなんて解からなかった。
どうにかなってしまいそうだと心の底から伝えると、彼はアレルヤの頼みを聞き入れてくれた。でもそれはきっと、彼の優しさだ。それだけだ。
だからこそ、今でも本当に受け入れてはくれない。
いつかは、受け入れてくれることがあるんだろうか。
そのときはきっと、心も手に入ったのだと思って良いんだろう。

「……ん」

そこで、ロックオンが寝返りを打って小さく声を漏らし、アレルヤはハッと我に返った。

今日だって、抱いた訳じゃない。
この前と同じように、何度も愛撫を繰り返して、彼を翻弄させただけだ。
でも、今はそれでいい。

「お休み、ロックオン…」

耳元で囁いて、アレルヤは静かに彼の部屋を後にした。
いつかは、何かが変わればいいと思いながら。



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