Pull Me6




その晩も、いつものように先に眠ってしまったロックオンの寝顔を見て、アレルヤは小さく溜息を吐いた。
彼を起こさないようにそっと身を起こして、ベッドから降りる。
そうして、部屋から出て行こうとドアノブに手を掛けた途端、背後から声が掛かった。

「アレルヤ」
「……!」

突然の呼び掛けに振り向くと、ロックオンはまだ先ほどと同じ、眠っているみたいな状態のままだった。
寝言かとも思ったけれど、彼の言葉は更に続いた。

「お前はさ…、俺をどうしたいんだ」
「……?」

(どう、って…)

不意にそんなことを聞かれて、アレルヤは返答に困った。
どうしたい、って。
そんなこと、決まっている。
でも、素直にその気持ちをぶつけてしまって良いんだろうか。
今自分たちの関係はかなりあやふやなものだ。繋がりなんて、本当に細いもので、何かあったらぶつりと切れてしまうような。
だから、改めて彼の存在を強請ったりしたら、彼は去って行ってしまうのではないか。
一番怖いのは、そのことだ。彼がまた、他の誰かに体を委ねてしまうこと。
縛り付けておく権限などないけれど…。
でも、自分自身、この関係に限界のようなものを感じていたのかも知れない。
何かが変わるようにと願っているけれど、変わりようもない。
苦しい気持ちを持て余していたから、吐き出してしまいたかった。

少し間を置いて、アレルヤは静かに口を開いた。

「ぼくは…あなたに側にいて欲しいです」
「……それだけか?」

もっと、とアレルヤの胸の内を引き出そうとする声。
彼の意図が掴めなくて、アレルヤは眉根を寄せた。

「ロックオン。そんなこと聞いて、どうするんですか」
「……」

でも、彼から答えはない。
彼も、何かに迷っているのが解かって、アレルヤは苦しそうに目を細めた。

「ロックオン。ぼくは…、あなたが好きなんだよ。あなたにも、好きになって貰いたいし、あなたを抱きたい。これで、いいですか」
「……何で、俺なんだ」
「解からないよ、そんなこと…。それが解かるなら、諦めるのだって簡単です」

言葉を選びながら、あくまで静かに伝えたけれど、返って来たのはまた沈黙だった。
もう、これ以上話しても何もない。
そう思って、再びノブに手を掛けようとすると、不意にごそごそと動く音がして、彼がベッドから起き上がるのが見えた。
薄暗くて、よく顔は見えない。
でも、ロックオンは何故か薄っすらと笑っているように見えた。

「厄介なヤツだな、お前は。アレルヤ」
「……ロックオン?」

それ以上、彼は何も言ってくれなかった。
でも、アレルヤの耳元に届いた彼の声は、今までに聞いたこともないような優しいものだった。



その数週間後。

「なぁ、アレルヤ」
「……?」

久し振りに部屋で二人きりになると、不意にロックオンが視線を合わせないままアレルヤの名前を呼んだ。
今まで、彼とこんな行為を重ねるようになってからは、二人でいても会話は殆どなかった。ただ、広がる沈黙を埋めるように彼を快楽で溺れさせて、繋ぎ留めておこうと必死になっていた。
そんな行為を繰り返すばかりだったから、こんな風に改まって名前を呼ばれることなどなかった。

「なに、ロックオン」

アレルヤが目を向けると、彼は相変わらず視線を伏せたままで続けた。

「前に…お前が俺に言ったこと、覚えてるよな」
「ええ…」

きっと、数週間前のことだ。
俺をどうしたいのだと、聞かれて答えた。そのことだ。
それが、何だと言うのだろう。
沸き上がる不安を堪えて続くと言葉を待っていると、ロックオンはようやく顔を上げて、真っ向からアレルヤの目を見詰めて来た。

「…その気持ちがまだ変わってないならさ、俺を抱けよ、アレルヤ」
「……?」

(え……)

すぐには、何を言われたのか解からなかった。
でも、鮮やかな彼の目に誘うような色が浮かび上がり、獲物を狙うみたいな不敵な笑みを見せられて、ぞく、と肌が粟立つ。

「ロックオン、なんで急に…」
「ヤろうぜ、アレルヤ」
「……!」

直接的な言葉に、一瞬頭の中をざらりとした感覚が走った。
今まで、お前とだけは出来ないと、そう言っていたのに、どうして。

「ロックオン…、何か、ヤケになってる?」
「何でそう思う?」
「だって、可笑しいじゃないか。ぼくにだけは、抱かれたくないって言ってたのに」
「何だよ、お前こそ気が変わったのか?もう俺とはしたくない?」
「…っ、そうじゃない!でも…体だけ手にいれたって、きっと虚しいだけです」

誘惑に流されそうになるのを堪えて、アレルヤは必死に食い下がった。
本当なら、こんな風に余裕の笑みを浮かべて誘いの言葉を吐くような唇は、思い切り塞いで呼吸まで奪ってしまいたかった。
いつも、あんな中途半端に施している行為なんかじゃなく、彼の中に侵入して、思い切り突き上げて鳴かせてしまいたい。
でも、きっと、その後にある虚しさは相当なものだと思う。
ああやって、体だけ重ねていた誰でも良い男たちと同じと言うことだから。

アレルヤの言葉に、ロックオンはさして動じた様子はなく、ただそっとまた視線をずらした。

「そう、だよな…」
「……?」
「俺もきっと、そう思ったんだと思う」
「……え?」
「あのとき、俺を求めて来たのが他のヤツだったら、俺は拒否しなかったかも知れない。でも、お前とだけは出来ないと思った」
「ロックオン?」
「よく、解かんねぇんだ。けどな、もう何だか知らねぇが、街へ行く気にもならない」
「……」
「お前のせいだよ、きっと」
「ロックオン」

彼の声は、自分の中に生まれた感情を持て余して、酷く混乱しているようなものだった。
静かな声なのに、冷静に自分を見返そうと必死になっているような。
アレルヤはぐっと息を飲んで、そして目の前の男を見詰めた。

「だから、こんなことを言い出した…?本当にぼくのせいか、確かめたくて…」
「ああ……、お前の言うとおり、ヤケになってるのかもな」

でも、そうすれば、何かが変わるのかも知れない。
何か解かるのかも知れない。
それにしても、ロックオンがこんなことを言い出すなんて。
ずっと変わっていないと思っていたのに。
確かに自分たちの関係は、あの頃とは違う。
そう思った瞬間に、アレルヤの気持ちは決まってしまった。

「解かりました」
「……アレルヤ?」
「こっちへ来て、ロックオン」

そう言って捕まえて、バスルームの方へと引いたロックオンの手は、とても熱かった。

これから、彼が自分のものになる。
そう思うと、頭の奥に痺れが走り、喉が渇いて、鼓動が大きな音を立てて鳴り出した。



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