ノック1




「刹那か?」

ドアの向こうから聞こえて来た声に、アレルヤは再び扉を叩こうとしていた手をぴたりと止めた。

数日の間のみ滞在している、豪邸の一室。
特に何か思うところがあった訳ではないけれど、気が付いたらこの部屋の前に来ていた。
この先のことについて、少し話でもと、そう思っただけだった。
けれど、ノックの後に彼が呼んだ名前は、自分のものではなかった。
ちく、と痛んだ胸の奥に、思わず息が詰まったようで、続く言葉が出て来なかった。

「どうした、刹那?」

返事がないこちらに気を揉んだのか。
声が近付いて、彼が扉の前に立つ気配がした。

「アレルヤ…!」

そして、扉を開けた途端、彼…ロックオンは意外そうに目を見開いてみせた。

「すみません、急に」
「いや、大丈夫だ。何かあったのか」
「ええ、少し…話でもしたいと」
「…そうか、まぁ、入れ」

あっさりとアレルヤを部屋の中へ迎え入れ、彼は扉を閉めた。



「刹那、よく来るんですか」

二人きりになった途端、先ほどから頭の中に浮かび上がっていた疑問が、勝手に口を突いて出ていた。

「あ、ああ。いや、そう言う訳じゃないが…てっきり」
「てっきり?」

少し、責めるような口調だったかも知れない。
アレルヤの反応に少し驚いたのか、ロックオンは言葉を止めた。
それから、こちらの表情を覗き込むように首を傾げる。

「…何か、怒ってるのか。お前」
「いえ、別に」

ふい、と目を伏せながら言う。
こんな態度では、肯定しているようなものだ。
案の定、ロックオンは少し肩を竦めて、それからベッドに腰を下ろした。

「じゃあ、何だ。何か、言いたいことでもあるのか」
「……」
「何でもいいぞ、聞くだけなら」

アレルヤが、何かに悩んでいるとでも思っているのだろう。
こう言うときは、面倒見の良い彼の性格を呪いたくなる。
放って置かれた方が、頭が冷えるのに。
アレルヤは口を開こうとして一端言葉を飲み込み、それから深い溜息を吐いた。
数秒の沈黙の後。

「あなたは、刹那に構い過ぎだ」
「……え」

迷った末に結局口に出して言うと、ロックオンは意表を突かれたように何度か瞬きをした。
何が何だか、と言う顔をしている。

「何だよ…。子供のお守りをしろって言ったのは、お前だろ?」

毒気の欠片もない彼の返答に、また軽い痛みがアレルヤを襲った。
手の平に棘が刺さったような感じの…。
耐え切れないものではないのに、酷く不快で、勘に障って仕方ない。
軽く眉根を寄せて、アレルヤは溜息混じりに吐き出した。

「構いませんよ、別に。それがお守りであればね」
「…何が言いたい?」
「いえ…」

こちらの意図を計りかねたのか、ロックオンもその形の良い眉を寄せた。

「アレルヤ。何か、用があって来たんだろ?」
「今日は、止めておきますよ」
「おい…」
「邪魔して、すみません」

引き止める声を無視して、アレルヤは颯爽と立ち上がり、笑顔を作った。

「いつもで来いよ。相談くらいになら、乗る」
「頼りにしていますよ。ロックオン」

帰り際、気遣うように上がった声に穏やかな返答をして。
ゆっくりとした足取りで部屋を出たとき、もうアレルヤの心は決まっていた。



翌日。
もう一度部屋を訪れてノックをすると、数秒の間の後、扉が開いてロックオンが顔を出した。

「アレルヤ…」
「刹那じゃなくて、がっかりしましたか?」
「昨日の今日だ。お前だと思った」

少し揶揄するような口調で言ったけれど、ロックオンはさして気にする素振りもなく、昨日と同じようにアレルヤを部屋の中へ迎え入れた。

「まぁ、とにかく座れよ」

進められるまま、部屋の隅にあった椅子に腰掛ける。
ロックオンは側にあったベッドに腰を下ろして、アレルヤを真っ向から見詰めて来た。

「で…?話があるんだろ?」
「はい、まぁ…」
「何だ、言ってみろ」

促す彼に、アレルヤは一度深呼吸するように深く息を吸い込み、それから口を開いた。

「興味があるんですよ、あなたに」
「…え?」

単刀直入に、穏やかな口調で告げる。
言い終えると同時にアレルヤは立ち上がり、呆気に取られた様子のロックオンに身を寄せ、彼の肩を両手で掴んだ。
そのまま少し力を込めると、彼はバランスを崩して、ベッドの上に簡単に倒れる。
突然の行動に、ロックオンの綺麗な色の目が見開かれて、驚いたようにこちらを見つめた。

「あなたを、抱きたい」
「……!!」

先ほどより強い口調で耳元に囁くと、ようやく意味を悟ったのか、彼はアレルヤの下で小さく息を飲んだ。

「…驚いたな。お前に、そう言う趣味があったなんて」
「基本的には、ありませんけど」
「…興味本位でやることじゃないだろう。離せ、アレルヤ」

組み敷いたロックオンの肢体が自分の腕の中から逃れようとしているのを見て、アレルヤは体重を掛けて彼を押さえ込んだ。

「基本的には、と言ったでしょう。あなたは別です。それでも、いけませんか」

熱っぽく、強請るような口調で言い、アレルヤは目下の彼をじっと見下ろした。
その視線に、ロックオンの両の目が戸惑うように揺れる。

「けどな、俺は…」
「あなたにその気がないのは、解かってます。でも、どうしてもそうしたい」

否定の言葉を遮り、ぐい、と身を寄せる。
体を密着させるように圧し掛かると、ロックオンの肢体が緊張するように強張った。
会話の内容だけではない。
普段あまり強く意志表示することのないアレルヤの要望に、彼は少なからず動揺しているようだった。

そのまま、無言で視線を合わせて、どの位経ったのか。
長い沈黙を破ったのは、ロックオンの方だった。

「最後まで聞けよ、返事も出来ないだろ」
「……?」
「俺はデリケートなんだ。無茶しないと、約束しろ」
「…!じゃあ?」
「ああ、いいさ。アレルヤ」
「本当に?」
「ああ…」

子供のように目を輝かせた自分に、ロックオンは何だか穏やかな優しい目になって、あやすように数回頭を撫でた。



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